21話 湯煙、白装束女と時々こけし④
「ガハハハハ! 見てみろ母さん、石の御利益はテキメンのようだな! 両手に花ではないか! 実に男冥利に尽きるではないかタクローッ!!」
相変わらずデカすぎる親父殿の声が、狂ったように鳴き続けるセミの声に混じって境内に響き渡る。
男冥利? バカを言え。
こっちはさっきから鼻の先が猛烈に痒くて、精神的な忍耐値がそろそろ限界を突破しそうなんだ。
だが、自由になる手は一本もない。右腕は妹の月菜に、左腕は星菜ちゃんに、呪いという名の超強力接着剤でパッキングされているのだから。
しかも、この異常事態を単に仲が良いからという強引すぎる理論で押し通そうとする二人の乙女の、引きつった営業スマイルが怖すぎる。
「ほらタクロー、次はあそこの仲見世通りで『恋ヶ崎名物・愛のペアソフト』を食べるぞ!」
親父が指差したのは、観光地によくある、バカップル専用のキラキラしたスイーツ店だった。
「お、親父さんよ、流石にそれは……正気か!?」
「何を言う! 恋に甘さは付きものだ。作戦行動には糖分が不可欠、補給しにゆくぞ!」
もはや俺の意見など、夏の熱風にかき消される程度の価値しかないらしい。
俺は右に月菜、左に星菜ちゃんをくっつけたまま、まるで未知の惑星で捕縛された宇宙人のような格好で店頭に並ぶ羽目になった。横に並ぶのも一苦労だ。
『いらっしゃい! あらあら、お兄さん両手に花ねぇ。羨ましいわぁ』
「あ、あはは……。……二人は、何にする?」
愛想笑いも引きつる俺の問いに、二人は食い気味に答えた。
「私はチョコ!」
「あたしはいちご味!」
月菜は俺の右手を離さないまま、俺のズボンのポケットから器用に財布を抜き取って会計を進めていった。その手慣れた動作には、もはや兄のプライバシーなど存在しない。
その間、星菜ちゃんは俺の左腕にこれでもかと密着し、周囲の観光客から投げられる「なんだあのリア充爆発しろ」という視線を、「これが世界の真理です」と言わんばかりのドヤ顔で跳ね返していた。
「(ちょっと星菜ちゃん、密着しすぎ! お兄ちゃんの体温が上がって熱中症になっちゃうでしょ!)」
「(いいじゃん、これも呪いを隠すための徹底したカモフラージュだよ)……ほら、タクロー先輩、あーん♪」
「あーん」じゃない。
星菜ちゃんが器用にスプーンで掬ったいちごソフトが、至近距離から俺の口元に迫る。
それを横から月菜が「それは妹の役割!」とばかりに奪い取ろうとして割り込むせいで、俺の口の周りは早くもミックスソフト状態でベタベタだ。
周囲から見れば、ただの羨ましいリア充光景。
だが、その実態は――物理的に離れられない呪いを必死に隠蔽するための、汗と涙と乳製品にまみれた状況なのである。
次に俺たちが突入したのは、通路が絶望的に狭い老舗のお土産屋だった。
店内には【恋ヶ崎】という焼き印が入ったキーホルダーや、どこにでも売っている謎の木刀が所狭しと並んでいる。
「タクロー、お前はこっちを見ておけ! 俺と母さんはあっちを見てくる!」
親父たちが視界から消えた瞬間、俺たちの間に張り詰めた緊張が走った。
「月菜ちゃん、左! そっちの棚に木刀が当たっちゃう!」
「わ、わかってるよ! お兄ちゃん、もっと右に寄って!」
「……いや、こんなに狭い店なら一旦手を離せばいいだろ。物理的に不可能だって分かってて言ってるけどな!」
俺が溜息混じりに吐き捨てると、星菜ちゃんはさらに力を込めて俺の腕にしがみついてきた。
「いやーん、タクロー先輩。あたし、先輩の手を離すなんてそんな悲しいこと、天地がひっくり返っても出来ませんよ♪」
「いや、さっきまで振り回してただろ! ……っていうか星菜ちゃん、流石にくっつきすぎだ!」
「だって狭いんだもん。その分ぎゅってしないと、棚にぶつかっちゃうでしょ?」
星菜ちゃんはそう言って、さらに俺の腕に体重を預けてくる。
その時、俺の左腕に伝わってきたの、ほどよい弾力と柔らかさだった。
「うふふっ、タクロー先輩。あたし、実はこう見えて他の子より発育が良いんですよ♪」
どこの発育が――なんて言葉にするまでもない。
星菜ちゃんは自覚的に、そして挑発的に、俺の腕にその【成長の証】を押し当ててくる。確信犯だ。この子、完全に俺の反応を楽しんでやがる。
「なっ――! わ、私だって……今まさに絶賛成長途中なんだもん!」
月菜が焦ったように叫び、負けじと俺の右腕に同じようにしがみついてきた。
右と左から交互に押し寄せる、未体験の柔らかな圧力。
正直に、あくまで冷静な分析として言わせてもらえば、確かに星菜ちゃんの方が……いや、月菜、そんな悲しそうな目でこっちを見るな。お前にはお前の良さがあるーーきっと。
「じゃなくて!! こんな公衆の面前で、しかも他人の店で何やってんだお前ら――」
『……お客さん。確かにここは恋愛成就のパワースポットだけどね』
不意に、背後から氷点下の声が聞こえた。
振り返ると、そこには眉間に深い皺を刻んだ店番のおじさんが、般若のような顔で立っていた。
『店内でイチャつくのは、くたば……じゃなくて、止めてくれないかな。商売上がったりだよ』
案の定、店員さんにガチトーンで注意を受けた。
ーー今、絶対「くたばれ」って言いそうになったよね?
呪いのせいで離れられないだけなのに、俺の社会的評価は、この夏の暑さで溶け出したソフトクリームのようにドロドロに崩れ去っていくのだった。




