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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
7月

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21話 湯煙、白装束女と時々こけし③





 夏の陽光がこれでもかと降り注ぐ、恋ヶ崎神社の境内。

 本来なら、浴衣姿のカップルが「暑いね」なんて言いながら、はにかみ合うような甘酸っぱい空間のはずだった。


 だが、俺――京田タクローの現状は、甘酸っぱいなんて風情のある言葉では到底表現できない、物理的な「限界」に直面していた。


「ちょっと星菜ちゃん、離れて! お兄ちゃんの腕がもげちゃうでしょ! これ以上引っ張ったら関節が脱臼しちゃう!」


「えー、月菜ちゃんこそ欲張りすぎだよー。ちょっとぐらいタクロー先輩を貸してくれたっていいじゃんっ。減るもんじゃないんだし♪」


「減るの! お兄ちゃんの精神的余裕とか、私の所有権……じゃなくて、兄妹の絆が摩耗して減っちゃうの! それに星菜ちゃんにもお兄さん、いるんでしょ!?」


「あれはただの同居人、タクロー先輩はタクロー先輩なの。代替品なんて存在しないんだよ♪」


「意味が分からないよ!!」


 神社のど真ん中で、俺の左右の腕は二人による全力の綱引きの「綱」と化していた。

 右腕には、月菜の必死な、それでいてどこか柔らかい感触。

 左腕には、星菜ちゃんの遠慮を知らない積極的な体温。

 古来より、こういう場合は相手を慮って手を離すのが「粋」な正解だと相場が決まっているが、どうやら現代の恋愛戦線にそんな美徳は通用しないらしい。


 ……ぶっちゃけ、マジで腕が千切れそうなんだが。


「あーあ、そんなに力任せに引っ張ったら、タクロー先輩が可哀想だと思わない? ここはやっぱり、一回手を離してあげるのが『真のヒロイン』の余裕だと思うな♪」


 星菜ちゃんが、計算尽くのあざとい上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。

 麦わら帽子の影から覗くその瞳は、獲物を狙う熟練のハンターそのものだ。


「なっ……! 星菜ちゃんは部外者でしょ! 今日は京田家の家族旅行なんだから、お兄ちゃんの隣は予約済み……というか、永久欠番なの!」


「えー。でもさっき、おみくじに書いてあったじゃん? 『待ち人、すぐそばにあり』って。これ、絶対あたしのことでしょ?」


「私のにも『思いは通じる』って書いてあったもん! 『横槍を入れるライバル(星菜ちゃん)に警戒せよ』って、神様が名指しで警告してるの!」


 パチパチと視線がぶつかり、火花が散る。その中心で俺の肩が悲鳴を上げた、その時だった。


「よし、タクロー! この膠着状態を打破するには、あそこの【縁結びの巨石】を先に触った方が勝ち、というルールにするのはどうだ!」


 少し離れたベンチで、呑気にソフトクリームを頬張っていた親父が、火にガソリンを注ぐような適当な提案を投げかけてきた。


「「それだっ!!」」


 月菜と星菜ちゃんの声が完璧に重なった。

 マズい。そう思った時にはもう遅かった。二人は俺の両腕をアイアンクローばりの握力でガッシリと掴んだまま、境内の一角にある『触れば一生離れない』と言われる巨大な岩へと猛ダッシュを開始した。


「おい、待て! 俺の意思は!? というか二人とも足速すぎ――ひぎゃああっ!?」


 抵抗むなしく、俺はコンクリートの上を滑るように引きずられ、聖なる岩へと連行される。


「私が先に!」「あたしだよ!」と左右から挟まれ、揉みくちゃになりながら、俺たちの三人の手は同時に、その冷たい岩の表面にベタリと触れた。

 その瞬間――。


 カランッ。

 

 あまりにも不吉で、乾いた音が、静まり返った境内に響いた。


「……え?」


 争奪戦の熱が、一瞬で凍りつく。

 三人が同時に視線を落とすと、そこには昨日から何度も目にしている、あの不気味な【濡れたこけし】が転がっていた。


 真夏の太陽の下だというのに、こけしの表面はじっとりと黒く濡れ、その首には刃物で引いたような真っ赤な線が入っている。


『縁は結ばれた。――離さない、離さない、離さない』


 どこからともなく、湿り気を帯びた怪しげな声が耳元で響き渡る。


「星菜ちゃん……」


「……分かってる」


 一瞬にして、二人の雰囲気が変わった。

 周囲の参拝客の話し声が、急に遠くなったような気がする。空気が重い。


「……とりあえず。とりあえずだ。二人とも、一回手を離してくれないか? ちょっと、鼻の横をかきたくてな。緊張感がないのは分かってるけど」


 タクローの情けない申し出に、月菜がハッとしたように顔を上げた。


「あ、ごめんねお兄ちゃん。今、離すから――」


「あはは、そうだね。一回仕切り直し……って、あれ?」


 二人が手を離そうと、腕を引き抜こうとした。

 だが、左右の腕に吸い付いた彼女たちの手のひらは、まるで強力な接着剤で固定されたかのように、ピクリとも動かなかった。


「……ねぇ、お二人さん。離れてないんだけど。むしろ、さっきより食い込んでないか?」


「(せ、星菜ちゃんっ!? まさかこれ、呪い的なのが発動しちゃった感じ!?)」


「(これ、ひょっとして大変なことになったかも……!)」


 二人のヒソヒソ声が俺の頭上で交差する。


「(え、これなんかやばい事が起きた?)」


「えーっと……タクロー先輩の手が温かくて、ついつい離したくないなぁ……なんて♪(とりあえずタクロー先輩を巻き込まないようにこの事は隠しておこうね)」


「そ、そうそう! お兄ちゃんの手は冬の暖炉……じゃなかった、夏休みのアスファルトみたいに温かいからね!(えぇ……隠すって言ったって、これ流石に無理な気がするよぉ!)」


「今夏だからそんな温かい事にメリットは無いとは思うけどな(おいおいっ、君たちのこそこそ話し俺に聞こえてるんだけど!?)」


 足元で嗤うような、首の切れたこけし。


タクローの、そして京田家の災難だらけの夏休みは、ここからが本当の本番だった。



 

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