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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
7月

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21話 湯煙、白装束女と時々こけし②







眩しい朝の光が、旅館の障子を透過して部屋を白一色に染め上げていた。

 心地よい波の音――を期待していた俺の耳に届いたのは、隣から聞こえる規則正しい「くー、くー」という、およそ危機感の欠如した寝息。


 ーーそして。

 右腕に伝わる、あまりにも柔らかく、熱を持ち、俺の脳の処理能力を一瞬でオーバーフローさせる何かの感触だった。


 ……重い。いや、この弾力は……物理法則を無視してないか?

 意識が完全に覚醒した瞬間、俺の理性が全力で警報アラートを鳴らし始めた。


 恐る恐る視線を落とすと、そこには案の定というべきか、俺の右腕を抱き枕代わりに完全ロックしている妹・月菜の姿があった。

 家族四人で川の字、いや【州】の字になって寝ていたはずだ。俺と月菜は最果ての端と端に配置されていたはずなのに、なぜ妹様は長距行軍を経て俺のパーソナルスペースを侵食していらっしゃるのか。


「ん……むにゃ……お兄ちゃん、もう食べられないよぅ……」


「何そのベタすぎる寝言。というか何を食べる夢を見てるんだよ」


 周囲の安眠を妨げないよう、極小のボリュームでツッコミを入れる。


 だが、その直後だった。

 月菜が寝返りを打った拍子に、浴衣の合わせ目が絶望的なまでに乱れたのだ。はだけた襟元から覗く、朝露を纏ったかのような白い肌。無防備という言葉を擬人化したようなその姿は、俺の視界を強制的にジャックして離さない。


「おい、月菜。起きろ。……このままだと俺の理性が修羅場を迎える前に、物理的な修羅場が来る……離れろ……」


 声を潜めて懇願するが、月菜は「ふふっ」と幸せそうに笑い、さらに俺の腕に頬を擦り寄せてくる。

 密着した体温。石鹸の残り香と、女の子特有の甘い匂い。それらが朝の澄んだ空気の中で、暴力的なまでの殺傷能力を発揮していた。


 落ち着け俺。これは不可抗力だ。事故だ。俺は今、知能を持たないただの丸太……広葉樹だ……

 俺が必死に般若心経を高速詠唱し始めた、その時だった――。


「起床ォォォッッッ!!」 


 勢いよく襖が開かれ、赤いジャージ姿の親父がダイナミックにエントリーしてきた。


「「…………」」


「……ほほう。タクロー、お前。寝ている間に月菜を手籠めにするとは、流石は俺の息子。電撃戦こそ勝利の鍵だな!」


「違う! 俺にそんな犯罪的趣味はない! あと声がデカい!!」 


「……あ、おはよぅ、お兄ちゃん……?」


 瞼を擦りながら、ようやく月菜が覚醒する。

 ……そして、状況を把握する。


「って、何で私、お兄ちゃんの布団の中にいるの!! ……まさか、お兄ちゃん。寝ている間に私にイケナイことを……」


 月菜ははだけた浴衣を慌てて整え、沸騰しそうなほど顔を赤らめて俺を指さした。


「ち、違う! 俺は冤罪だ! むしろ被害者だと言っても過言ではない……!」


「タクロー。月菜に手を出したら《ジェノサイド(皆殺し)》って、約束したわよね?」


 いつの間にか背後に立っていた母上様は、ひどく慈愛に満ちたニッコリ笑顔。


 ――しかし、全然。一ミリも目が笑っていない。その背後には、不動明王のようなオーラが見える気がした。


 その後、一時間に及ぶ決死の弁明により、俺は何とかジェノサイドの刑を執行されずに済んだのだった。





―――――





「見てお兄ちゃん! 青い空、赤い鳥居! まさに恋の予感だね!」


 俺たちがやってきたのは、温泉街随一のパワースポット【恋ヶ崎神社】。


 月菜は淡いピンクのワンピースに着替え、朝の「手籠め疑惑事件」など露ほども感じさせないテンションで俺の腕を引いていた。


「……おいおい、あんま引っ張るな。神社は逃げないし、石段で転んだらシャレにならんぞ」


「こういうのは『善は急げ』なんだよ! 運命の神様をお待たせしちゃダメなの!」


 そんな月菜の猛攻にやれやれと肩をすくめていた平和な時間は、参道の石段を登りきったところで、マイナス百度の冷気を浴びたかのように凍結した。


「あーっ! タクロー先輩っ! 月菜ちゃーん!」


「…………っ!?」


 月菜の顔から、一瞬でハイライトが消えた。

 視線の先にいたのは、白のワンピースに麦わら帽子という、王道にして最強の夏のお嬢様スタイルを完璧に着こなした佐々木星菜だった。


「星菜ちゃん……。なんでこんなところにピンポイントでいるの!?」


「えへへ、偶然だね! ここ、最近SNSで話題の【強制縁結びスポット】って言われてるから、あたしも気になっちゃって。ね、タクロー先輩、あたしのワンピ、どうかな?」


 星菜がスカートの裾を少し持ち上げ、フランス映画のヒロインのようなカーテシーを決める。

 避暑地の風が彼女の髪を揺らし、眩しすぎる笑顔がこちらに向けられる。

 

「……あ、ああ。似合ってるんじゃないか。夏らしくて良いと思うぞ」


「本当? 嬉しい! 月菜ちゃん、せっかくだからあたしも一緒に回ってもいいかな?」


「……うぐぅ。ダメって言っても、どうせ付いてくるんでしょ……」


「おうおう、タクロー。お前、中々の女難に恵まれているようだな」


「本当に。でも、昔の義和さんもあんな感じでしたよ?」


 背後で微笑ましげに(?)見守る両親。頼むから茶化さないでくれ。現場は今、かなりの火花が散っているんだ。


「よし! 家族全員で恋みくじだ! 運命の情報開示を要求する!」


 親父の余計な号令で、俺たちは列に並んでおみくじを引くことになった。


「月菜、結果はどうだった?」


「えーっと……【中吉】! 『思いは通じるが、横槍が入る恐れあり。ライバルに警戒せよ』……やっぱり!!」


 月菜が星菜をギロリと射殺さんばかりの勢いで睨む。


「あたしは【吉】だよ。『待ち人、すぐそばにあり。ただし、向こう側に注意せよ』だって。変なのー」


 星菜はマイペースにケラケラと笑っているが、その瞳はしっかりと俺を捉えて離さない。


「タクロー、お前はどうだ。家長として報告を許可する」


 俺は、手元にある薄い紙を見つめた。


「……【凶】だな。えーと、『リア充は今すぐ爆○せよ』……。これ、書いた神様、恋愛脳すぎだろ」


「……お兄ちゃん、それ、恋みくじじゃなくて『殺害予告』じゃない?」


 月菜が引きつった顔で覗き込んでくる。


「あー、タクロー先輩かわいそー。運勢が悪いなら、あたしがよしよしして慰めてあげるね♪」 


 星菜が当然のような顔で俺の頭を撫でてくる。


「ちょっと! それは妹である私の特権なの!!」


 月菜も負けじと、対抗するように俺の頭を撫で回してくる。 

 ……やめろ、俺は大型犬じゃないんだ。


「むっ、俺は【大吉】だな。『もう十分でしょ』……だと?  否!  俺の母さんに対するパッションは、宇宙の膨張速度すら超越しているのだ! まだまだ足りん!」 


「あら、義和さん。それは嬉しいけれど、場所を考えましょうね」


 ……そこのバカップルご両親。自分たちの世界に没入して戦線離脱するのはやめてくれ。

 



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