表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
7月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/138

20話 夏といえば温泉でしょ!⑤





 一階ロビー脇にある【浴衣処】には、色とりどりの布地がずらりと並んでいた。


 女性用は華やかな花柄、男性用は落ち着いた紺や鼠色。温泉街の華やいだ空気が、そのまま布になったような空間だ。


「わぁ……! お兄ちゃん、これなんてどう? 涼しそうな水色で、お兄ちゃんに似合いそう!」


 月菜が真っ先に手に取ったのは、爽やかな水色の浴衣だった。


 ……確かに、これなら俺でも抵抗なく着られそうだ。


「お、いいんじゃねぇか。ありがと」


「えへへ、私もお揃いっぽい色にするね!」


 月菜が嬉しそうに自分の浴衣を探し始めた、その時。


「待てぃ!!」


 背後から野太い声が飛ぶ。


「タクロー! 軟弱だぞ! そんな淡い色では迫力が足りん!」


「浴衣に迫力求めるなよ」


 父さんは棚の奥から一着を引っ張り出してきた。


「見ろ、これこそが至高! 深緑だ! 落ち着き、重厚感、そして威厳! まさにお前にふさわしい!」


「ただ地味なだけだろ、それ」


「何を言う! この帯の太さを見ろ。しっかりしている!」


「帯に機能性いらないから」


 さらに父さんは月菜の浴衣にも口を出し始める。


「月菜! 君にはこの落ち着いた茶色を――」


「絶対イヤ! お父さん、センスなさすぎ!」


「ぐはぁっ!」


 娘の一刀両断に、父さんが本気で膝をつく。


 それを見かねて、母さんがくすくすと笑いながら割って入った。


「はいはい、義和さんは少し落ち着いて。ここは温泉よ? タクロー、その緑はちょっと重たいから、こっちの深い紺色にしましょうか。落ち着いていて素敵よ」


「……それでいいよ」


 結局、俺は母さんの選んだ濃紺の浴衣に決まり、月菜は白地に赤い金魚が泳ぐ可愛らしい浴衣を手にした。


 父さんは最後まで「迷彩柄はないのか……」と未練がましく呟いていたが、なぜか自分用には真っ赤な浴衣を選んでいる。


「……目立ちたいのか隠れたいのか、どっちなんだよ」


「目立つことで威圧するのだ!」


「何を威圧するんだよ」


 浴衣を抱えてエレベーターへ向かう。


 月菜はくるくると回りながら言った。


「早く着たいなぁ。お兄ちゃん、ちゃんと帯結べる?」


「うーん、あんま覚えてないなぁ。無理だったら母さんに頼む」


「えー、自分で頑張ろうよー」


 そんな他愛ないやり取りが、なんだか妙に楽しい。


「よし! 着替えたら即、露天風呂へ突撃だぁぁ!!」


「だから号令いらないって」


 父さんの無駄に響く宣言とともに、俺たちは客室階へと上がっていった。




―――――





 浴衣を抱えて部屋に戻ると、畳の匂いがふわりと広がった。


「よし! 各自、速やかに着替え開始だ!」


「なんでいちいち号令かけるんだよ……」


 父さんはすでに帯をぶんぶん振り回している。危ない。


「お兄ちゃん、帯ってどうやって結ぶの?」


 月菜が不安そうに浴衣を広げている。


「え、知らないのか?」


「だってちゃんと着るの初めてだもん」


 ……まぁ、そうそう浴衣を着る機会ってないもんな。


「まあ、なんとかなるだろ」


「お兄ちゃん、それ逆じゃない?」


「え?」


 月菜が指さす。


 前合わせが逆だった。


「死装束みたいになってるよ」


「縁起でもないこと言うな!」


「タクロー! 右前だ! 右前!」


「分かってるよ!」


 慌てて直す。なんだこの緊張感。


 一方、父さんは――


「むぅ……帯が短い……!」


「いや長いだろそれ」


 父さんの腹回りに三周くらいしている。


「義和さん、それは巻きすぎよ」


 母さんが冷静に修正を入れる。


「こうやって、後ろで結んで……ほら」


「おお……! さすが我が妻!」


「だてに十数年京田家で妻をやっていますからね」


 母さん、強い。


 月菜も着替え終わり、襖の向こうから声がした。


「お兄ちゃん、入っていい?」


「おう」


 襖が開く。


 白地に赤い金魚の浴衣。

 さっきより少しだけ大人っぽくみえるな。


「……どう?」


 くるり、と一回転。


 裾がふわりと揺れる。


「似合ってるよ」


「ほんと!? えへへ……」


 満足そうに笑う月菜。


 その隣で、父さんがなぜか腕を組んで頷いている。


「うむ。可愛い」


「何その審査員みたいな顔」


「タクローはどうだ」


「まあ、普通じゃね?」


 濃紺の浴衣は思ったより落ち着いていた。変に派手じゃないし、動きやすい。


「お兄ちゃん、ちゃんと結べてる?」


 月菜が近づいてきて、俺の帯をちょいちょいと触る。


「ちょ、触るな」


「ちょっと緩いかも。動いたらほどけちゃうよ?」


「え、マジ?」


 月菜が後ろに回り、帯をぎゅっと締め直す。


「ほら、これで大丈夫」


「……ありがと」


 なんか妙に近い。


「よし! 全員戦闘準備――いや、入浴準備完了だ!」


「最後まで言い直せよ」


 母さんが手を叩く。


「それじゃあ、露天風呂に行きましょうか」


「やったぁ!」


 月菜が先に飛び出しそうになる。


「走るな! 廊下は静かに!」


 お前が一番うるさいよ。


 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ