20話 夏といえば温泉でしょ!③
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『はい、今日から夏休みに入るけど、あまり羽目を外さないようにな』
先生の最後の一言で一学期が終わり、教室の空気が一気に緩んだ。
そう、今日から夏休みなのである。
「しかし、何で俺テストでいい点取ってるのに成績表はこんな悪いんだ?」
ショージが納得いかない顔で成績表をにらんでいる。
ちらっと覗いてみると、全教科ほぼ3以下。
一応こいつ、テストの点数だけ見れば学年トップクラスのはずなんだが。
「日頃の行いが祟ってるんだろ」
俺がそう言うと、ショージは大げさに肩を落とした。
「ひでぇ……。才能より態度が重視される世の中か……」
「先生のコメントにもはっきり書いてあるぞ。授業態度悪い、生活態度も悪いって」
「紙越しに説教されてる気分だ……」
「自業自得でしょ」
横から冷静な声が飛んできた。ミアだ。
「居眠り、遅刻、無駄話。全部コンプリートしてたじゃない」
「居眠りは高度な思考時間だし、遅刻は電車のせいだし、無駄話はクラスの潤滑油だ」
「言い訳の才能だけは満点だね」
ミアは淡々と成績表を返す。
「で、タクローはどうなの?」
話を振られて、俺は自分の成績表を見る。
「……まあ、普通」
「一番つまらない答え来た」
「可もなく不可もなくってやつだな」
「でも、それが一番安全だよね。因みに私はオール5よ」
ミアがプチ自慢してきた。
教室を見渡せば、すでに完全に夏休みモードだ。
机を叩いて予定を話すやつ、部活に直行するやつ、スマホを構えるやつ。
「なあなあ、一週間どうするよ?」
ショージが椅子を逆向きにして、俺たちを見る。
「俺は基本ダラダラ。けど、明日は家族で温泉旅行に行く予定だな」
「羨ましっ! 俺は最後まで予定は空白なのに……ミアも俺と同じだよな?」
「アンタと一緒にしないで。私は色々と忙しいのよ」
「お前らは友人と夏遊ぶ予定を作らんのか!」
「その通りである!!」
廊下からユウゲンが現れた。
「今度予定を送っておくから、その日は空けておくのだぞ」
「いやっふーっ!! 海だ海行こうぜぇ!!」
やけにはしゃぐ二人をしばらく眺めるのであった。
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「…………」
一方の月菜は自分の成績表と睨めっこをしていた。
「月菜、大丈夫?」
「だ、大丈夫……だよ?」
月菜の成績表にはあまり芳しくなく。
体育のみ5という数字が書かれていた。
「……終わった。私の学力、完全に終わっちゃった」
月菜は、力なく成績表を机に突っ伏した。
「月菜、大丈夫? 逆算すれば、伸び代しかない、よ?
それに中等部は補習はないみたいだし」
「陽菜、その励まし方は逆に刺さるよ……!」
陽菜が、いつになく言葉を選んで慰めてくれる。
しかし、現実は非情だ。この成績表を母に見せれば、間違いなく雷が落ちるに決まっている。
「これじゃ、私の今月のお小遣いが危ういよ〜」
「……ま、まぁ、月菜のお小遣いを心配するのは分かったから……ところで明日から恋ヶ崎に旅行に行くの?」
「うん! 久しぶりにお父さんが帰ってきたから旅行に行くんだ!」
「そう……星核リリックを忘れないようにね。私たちはこの街から離れられないから、月菜に何かあっても援護に行くには時間がかかる」
「もちろん! そうと決まれば早く帰って旅行の準備をしよ!」
月菜は顔を上げ、成績表を乱暴にカバンに突っ込んだ。
体育5の身体能力は、勉強のためではなく、大切なものを守るために授かったのだ――と、都合の良い解釈で自分を奮い立たせる。
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ショージとユウゲンの「海だ! 合宿だ!」という騒ぎから命からがら逃げ出した俺は、校門の影で月菜と陽菜を見つけた。
「おーい、月菜! 何やってんだ、帰るぞ」
「ひゃいっ!? お、お兄ちゃん!」
声をかけると、月菜が不自然に肩を跳ねさせた。
……なんだその、悪いことでも企んでいるような顔は。
「陽菜ちゃんも、今日はお疲れ様。夏休み、ゆっくり休んでな」
「……はい。タクローさんも。……月菜のこと、お願いします」
「???」
俺の言葉に、月菜がムスッと頬を膨らませる。
陽菜はどこか意味深な視線を一瞬だけ俺に向けると、小さく頭を下げて去っていった。
「……で、お前。その顔は、また成績表でやらかしたのか?」
「ギクッ……! な、何のことかなー! 私は、明日の温泉でお父さんどう喜ばせるか考えてただけだもん!」
「お前、父さんの前でそれ言うとあいつマジで泣いて喜ぶからやめとけよ」
俺たちは夕暮れの道を、他愛もない話をしながら歩き出した。




