20話 夏といえば温泉でしょ!
放課後のオカ研部室。
夏も本番を迎え、窓の外では蝉がこれでもかと自己主張を垂れ流している。
そのくせ、部室のクーラーは妙に仕事熱心で、空気だけがやたらと涼しい。
「なぁタクロー」
椅子を逆向きにして座ったショージが、いつもの調子で声をかけてきた。
「なんだよ」
「もうすぐ夏休みだぜ?」
「知ってる」
「一週間もあるぜ?」
「……あと一週間、な」
訂正すると、ショージがニヤリと口角を上げた。
「つまりだな――これはもう、事件が起きるフラグだろ?」
「起きねぇよ。起こすな。夏休み前に物騒な予言をぶち上げるのはやめろ」
即答する俺の隣で、荷物を整理していたミアが小さくため息をついた。
「……あんたが言う『事件』って、だいたいロクなことにならないじゃない」
「失礼な! 前回はちょっと爆発しただけだろ?」
「“ちょっと”で済ませていい規模じゃなかったわよ。自販機一台を粉砕しておいて、どこが最小限よ!」
「被害者の数は最小限だったな!」
「お前な……」
俺はこめかみを押さえた。
「ユウゲンが後処理してくれなかったら、今頃俺たちは警察でお世話になってるぞ。頼むから夏休みは大人しくしてくれ……」
「えー? せっかくの夏だぜ?」
「だからこそだ。俺は、平和に終わらせたいんだ」
ミアは俺の方をちらっと見て、少しだけ表情を和らげる。
「タクローはどうせ、家のこととか月菜の世話で忙しいんでしょ?」
「まぁ……それもある」
「ほら見ろー! 万年保護者!」
「誰がだ」
ショージは机に肘をつき、指を一本ずつ折りながら言い出した。
「夏といえば! 一、肝試し! 二、廃墟探索! 三、深夜徘徊!」
「一以外は全部校則で禁止されてるだろ」
「じゃあ四! 謎の依頼を受ける!」
「それが一番ダメだ」
ミアの冷たい視線がショージを射抜く。
「……あんた、前科でも作りたいの?」
「ロマンだろ?」
「ロマンの前に常識をインストールしなさい」
俺はふっと息を吐き、窓の外の青すぎる空を見た。
「……せめて、普通の夏休みにしようぜ。昼まで寝て、飯食って、だらだらして、時々遊ぶ。それでいい」
「はぁ? なんだその老後の年金暮らしみたいな生活は?」
「全国の悠々自適なお年寄りに謝れ」
「注目である!!!」
バンッ、と勢いよく部室のドアが開いた。
「もっとゆっくり開けろよ。古いんだから壊れるぞ」
「壊れたなら直せばよいのだ。それよりも――」
現れたユウゲンが、不敵な笑みで言い放つ。
「依頼が来たぞ」
「ほらな!!」
嬉々として指を突き出すショージ。
俺は天を仰いだ。
「あー……夏休み前くらい、ゆっくり過ごさせてくれよ……」
―――――
一方その頃、日文研(日本文学研究会)の部室。
「さて、前回に引き続き、紫苑祭の時に現れたニブラについて話をしましょうか」
エヴァの言葉に、月菜と陽菜が向き直る。
「あれから、例の少年の情報は全くありません。下位種のニブラは何体か現れましたけど……」
「つまり、あの少年は特別だったってこと?」
月菜の問いに、エヴァは小さくうなずいた。
「行動も気配も、あまりに異質でした」
「……ニブラなのに、ほとんど人間の姿をしていた」
陽菜の静かな言葉に、部室の空気がわずかに張り詰める。
「夏休みは、気をつけた方がいいですね。みなさんが外での活動が増える分、リスクも高まります」
「……じゃあ、しばらくは見回りの回数を増やす、でいい?」
陽菜の確認に、エヴァは表情を引き締めて答える。
「はい。ですが、もし紫苑祭の時と似た気配を感じたら、即撤退して私を呼ぶこと。無茶な戦闘は厳禁です」
「え、でも……」
「月菜」
陽菜が名前を呼ぶ。その一言で、月菜は口を閉じた。
「今回のは、私たちが相手取るべき存在かどうかも分からない」
「そういうことです。星菜さんが手も足も出なかった相手に、皆さんが無理に対峙する必要はありません。……彼は、私が相手をします」
「……え、大丈夫ですか? エヴァさん」
月菜が心配そうに眉を寄せると、エヴァはぱっと顔を輝かせた。
「大丈夫ですよ! 私、これでも結構強いんですよ!?」
「月菜、心配なのは分かるけど、一応これでもエヴァは私たちの師匠だから」
「『一応』とは何ですか!」
エヴァの抗議で少しだけ空気が和らぐ。
「……夏休み、だよね」
月菜がぽつりと呟いた。
「うん」
「楽しいこと、いっぱいあるはずなのに」
「あるよ。普通の裏で、ちゃんと私たちが備えていればね」
陽菜の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるように真っ直ぐだった。
「はい! 重い話はここまでです!」
エヴァがパンと手を叩く。
「夏休み前に暗くなってどうするですか。今は何も起きない前提で、全力で準備しましょう。あとはパトロール表作ります! 連絡用の簡易魔導具も改良しますよ!」
机の上に広げられる計画表と魔導具のパーツ。
「……なんだか、本当に普通の部活みたい」
月菜が小さく笑う。
「普通がいい」
何も起きない夏休み。
それを本気で願っていた。




