19話 大きいのが好きですか? 小さいのが好きですか?④
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「ショージ……ちゃんと俺の顔ちゃんと付いてるか?」
「安心しろ、人顔はそんな簡単には取れぬ」
月菜からの強烈な裏拳を喰らい、顔がとれてしまったかと思ったが無事であったらしい。
「お兄ちゃんも悪いんだよ。こっちに来るから……」
え、これ、俺が悪かったの?
「いやー、すみませんね。三人で密談してたら急にタクロー先輩たちが来て隠れてしまったのですよ」
てへっ、と星菜ちゃんは下を出した。
「密談って、一体何を話してたんだ?」
「それは乙女の秘密でーす♪」
まぁ、十中八九魔法少女関係の話だろうな。
多分。
「乙女の秘密……ね。それなら追求はしないけど」
俺は腫れ始めた頬をさすりながら、出口の階段の方へ視線を向けた。
一刻も早くここを立ち去りたい。自分の「うなじ汗フェチ」という深淵なる煩悩を本人(妹)の前で語ってしまったのだ。この場に漂う気まずさは、もはや物理的な質量を持って俺の肩にのしかかっている。
「悪い、ショージ。戻るぞ」
「おいおいタクロー、逃げるのか? 目の前に獲物……じゃなかった、うら若き乙女たちが三人も揃っているんだぞ。しかも、さっきお前が言ってた『汗ばんだ肌』が、これでもかってくらいコンディション整ってるじゃないか!」
「黙れ。火に油を注ぐな」
ショージの無神経な発言に、月菜の肩がピクリと跳ねた。
ふと見れば、陽菜ちゃんは顔を伏せたまま、乱れた襟元を必死に整えている。……さっきの「ひゃんっ!」という声の主は、間違いなく彼女だったはずだ。
ーーその時、屋上にいたずらな風が吹き抜けた。
「……あっ」
星菜ちゃんの長い髪がふわりと舞い上がり、彼女の白いうなじが露わになる。
そこには、俺が熱弁した通りの――初夏の熱気に火照り、薄らと汗をかいた肌に、数束の後れ毛が吸い付くように張り付いている神秘があった。
さらに、彼女が使っているであろう清楚な石鹸の香りが、風に乗って俺の鼻腔をダイレクトに突き抜ける。
「…………」
俺は、石化した。
さっきまで「誤解だ」と弁明する準備をしていた脳細胞が、本物を前にして一瞬で機能を停止したのだ。
「……お兄ちゃん? なに星菜ちゃんのうなじを凝視してるの? もしかして、さっき言ってたこと……ホントなの?」
月菜の声が、氷点下まで凍りついている。
「ち、違う! これは反射だ! 生物学的なリアクションなんだ!」
「いやーん、タクロー先輩にあたし見られてますよ♪」
星菜ちゃんは小悪魔のような表情で体をくねらせていた。
「ほう……。タクロー、お前の『うなじフェチ』と『匂いフェチ』が合わさると、これほどまでにキモい顔になるんだな。勉強になるぜ」
ショージがこれ幸いとスマホのシャッターを切ろうとする。
「あはは! タクロー先輩、鼻の下伸びてるよ? あたしのうなじ、そんなに美味しそうだった?」
星菜ちゃんが俺の顔を覗き込み、わざとらしくクスクスと笑う。
だめだ、この空間は俺にとって毒気が強すぎる。
「ショージ、今度こそ帰るぞ。月菜、陽菜ちゃん、……あと星菜、変なこと喋って悪かった。忘れてくれ!」
俺はショージの首根っこを掴み、逃げるように屋上の扉を開けた。
「あっ、待ってお兄ちゃん! まだ話は終わってないよ――!」
背後から聞こえる月菜の鋭い追及を、俺は重い鉄扉の向こう側にシャットアウトした。
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「あら、帰って来たの? そのまま早退でもよかったのにーーて、何でタクローそんな死にそうな目をしているの?」
教室に戻ると落ち着きを取り戻していたミアがいた。
「妹に自分のフェチバレしたんだよ。そんな落ち込むことはないだろうに」
「それはフォローにはならないぞ」
「アンタたちは一体何をしていたのよ……」
ミアはやれやれといった表情をしていた。
さて、帰ったら月菜にどう弁明しようかな……




