19話 大きいのが好きですか? 小さいのが好きですか?②
梅雨が明けたばかりの屋上は、容赦ない太陽の光に包まれていた。
じりじりと焼けるアスファルトの熱を避けるように、日陰に陣取った月菜と陽菜は、久々となる屋上での昼食を楽しんでいる。
「……で、陽菜はどう思う?」
月菜がサンドイッチを咀嚼する手を止め、上目遣いでこちらを見た。
「——なんのこと?」
陽菜はパックの野菜ジュースを啜りながら、あえて素っ気なく返す。
嫌な予感というものは、大抵当たるものだ。
「だから……その。男の人って、やっぱり胸が大きい方がいいのかなって……」
(……やっぱり、聞き間違いじゃなかった)
陽菜は心の中で、深いため息を吐いた。
親友である月菜から「大事な相談がある」と言われ、わざわざ周囲に『人払いの魔術』まで張った結果がこれである。
魔力の無駄遣いにもほどがあるが、月菜の必死すぎる表情を見る限り、本人にとっては世界の命運を左右するほどの大問題らしい。
「……それは人それぞれの好みだと思うよ。で、なんで急にそんなことを相談してきたの?」
ある程度察しはついていたが、あえて確認する。
すると月菜は、みるみるうちに耳まで真っ赤に染め、身を乗り出してきた。
「それはおにぃ……じゃなくて! 友達の彼氏さんの部屋で、ちょっとゴニョゴニョ……な本を見つけちゃったんだよ。そこに写ってた女の人が、もう……大人な見た目で、ボンキュボン! だったんだよぉ……」
「ゴニョゴニョな本って……つまり、えっちな本だよね?」
淡々と語彙を補完した瞬間、
「ひゃあああっ!」
月菜が派手に悲鳴を上げた。
「うわぁーっ! 陽菜ちゃん、女の子がそんなことストレートに言ったらダメーっ!」
「事実でしょ。……それに、私たちはまだ中等部生だよ? モデルみたいな体型になるには、まだ早いと思うけど」
「……でも、星菜ちゃんは同い年なのに、出るとこはしっかり出てるよ?」
その一言が、引き金だった。
「うん? あたしを呼んだかな?」
どこからともなく、鈴の鳴るような声が響く。
陽菜の背筋に、ひやりとしたものが走った。
反射的に声のした方へ視線を向けると、フェンスに腰掛け、優雅に足を組む少女の姿がある。
「佐々木星菜……っ! どうやって入ってきたのよ」
「この結界を抜けてきたに決まってるでしょ。陽菜ちゃんの魔力だってすぐ分かったし、気になって来ちゃった♪」
星菜は悪戯っぽくウィンクする。
一般人はおろか、並の魔術師でも気づけない結界を、散歩のついでのように通り抜けてくるあたり、この少女の底知れなさがよく分かる。
(こんな強固な結界……どんな密談をしてたのかな?)
好奇心に細められる星菜の瞳を見て、陽菜は奥歯を噛みしめた。
「……もっと重層的に構築しておけばよかったわ」
「まぁまぁ。ここに来れるの、あたし以外だとエヴァさんくらいだし。そんなに邪険にしないでよ」
「星菜ちゃん、紫苑祭での怪我は大丈夫だったの?」
月菜が心配そうに尋ねる。
『謎の少年』との一件を、月菜と陽菜はエヴァから聞いていた。
しかし星菜は、ふいっと視線を逸らす。
「ん? 何のことかなぁ?」
「だから、その時の怪我を……」
「んー、今日は風が強くて、何も聞こえないなぁー」
耳に手を当て、見え見えの知らぬ存ぜぬ。
(……完全に、しらばっくれてる)
陽菜のじとっとした視線を軽く受け流し、星菜は楽しげに話題を変えた。
「それよりさ、二人があたしの噂なんて珍しいね? 何の話をしてたの?」
「あなたには関係ないことよ。秘密——」
「丁度よかった! 星菜ちゃん、どうやったら星菜ちゃんみたいに胸が大きくなるの!?」
陽菜の制止も虚しく、月菜の切実すぎる叫びが屋上に響き渡った。
その勢いに、フェンスに止まっていたカラスが驚いて飛び立つ。
陽菜はこめかみを押さえ、この日一番の溜息を吐いた。
「えっ、私? うーん……」
星菜は顎に指を当て、わざとらしく胸を張る。
「『牛乳』と『睡眠』。それと、一番大事なのは『ときめき』かな!」
「ときめき……! 特定の誰かを想う心の波が、発育に影響するってことなの!?」
「ちょ、月菜。本気にしないで。佐々木星菜の言うことなんて、その場のノリだから」
陽菜が冷ややかに突き放すが、月菜の勢いは止まらない。
「でもでも! 実際、星菜ちゃんは大きいし……! ねぇ、魔術でどうにかできないの? 『局所的成長促進魔術』とか!」
「……そんな都合のいい術、あるわけないでしょ。そもそも月菜のお兄さんが——」
「お兄ちゃんじゃないもん! 友達の彼氏さんだもん!」
真っ赤になって否定する月菜に、星菜はクスクスと笑う。
「いいじゃない。女の子の悩みはいつだって深刻だよ? あ、そうだ。毎日マッサージしてあげよっか? 代償として——今日の下着の色を教えてもらうのが条件で♪」
「本当!? やる、私やるよ!」
「ダメに決まってるでしょ! ……星菜、月菜をからかうのはやめて!」
「ぷぷっ、やっぱり月菜ちゃんは面白いね♪」
そんな女子三人の、生産性皆無なわちゃわちゃが続いていた——その時。
結界の外、屋上の扉の向こうから、身も蓋もない怒鳴り声が飛び込んできた。
『……だから! ロリっ子巨乳とぺったんこお姉さん、どっちが正義なんだよ!?』
『んなもん知るか!』
切実すぎる男子の声と投げやりな返答。
「「「————っ!!!!?」」」
時間が、完全に止まった。
月菜は口をぱくぱくさせ、流石の陽菜と星菜も一瞬だけ言葉を失う。
「……佐々木星菜」
陽菜が、氷のような笑顔で呟いた。
「結界に、何か細工をした?」
「そんな面倒なことしてないよー!」
「とと、とりあえず隠れないと!」




