18話 負の転換⑧
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校庭の方角が、遠くでやわらかく明るい。
キャンプファイヤーの灯りだと、すぐに分かった。
風に乗って、かすかに音楽も聞こえてくる。笑い声、手拍子、楽しげなざわめき。
――後夜祭。
その輪の外を、星菜は歩いていた。
自己回復により、表面上の外傷はない。
しかし歩くたび、体のあちこちがじんわりと痛んだ。
それでも、顔には出さない。
「……ふん」
誰に向けるでもなく、鼻で笑う。
クラスメイトや、星菜を慕ってくれている人たちから後夜祭に誘われてはいた。
だが、あの場に戻るつもりはなかった。
エヴァの治療? 論外である。
魔術師に手当てされ、何事もなかった顔で輪の中に混ざる――
そんな自分を、星菜は想像できなかった。
家までの道は、思ったより静かだった。
紫苑祭の夜だというのに、校舎を離れると、街はいつも通りの顔をしている。
それが、少しだけ救いだった。
(……みんな、楽しんでるんだろうな)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
羨ましいとか、寂しいとか――
そういう感情に名前を付けるのは簡単だ。
だが、それだけではない。
選んだのは自分だ。
戦ったのも、傷ついたのも、
真実を抱えたまま背を向けたのも。
「……別に、いい」
呟くと、その言葉は夜に溶けた。
住宅街に入る。
家々の窓から漏れる明かりは、ひとつひとつ温かそうで――
けれど、私はそこに触れない。
ポケットの中で、指先をぎゅっと握る。
まだ少し、震えていた。
(次は……負けない)
あのニブラのことだ。
実力差は明白だったが、それでも星菜の闘志は消えていない。
曲がり角で、もう一度だけ振り返る。
校庭の灯りは、建物に遮られて、もう見えなかった。
それでも――
楽しい夜が、確かに続いていることだけは分かった。
「……お祭りは、参加しなくてもいい」
私の戦いは、別の場所にある。
玄関の鍵を開ける。
静かな家の中に、夜がすっと入り込んだ。
靴を脱ぎ、灯りも点けず、そのまま廊下を進む。
体は重い。けれど、心は不思議と澄んでいた。
遠くで、後夜祭の音楽が完全に消えた頃。
私はようやく、小さく息を吐いた。
「……おかえり、星菜」
星菜を出迎えたのは、冥夜だった。
「……ふん」
冥夜を一瞥しただけで、星菜は自分の部屋へ向かう。
「今日は、星菜の好きなハンバーグを作ったけど」
「いらない」
そう言い残し、星菜は自分の部屋に籠もった。
(お兄ちゃん、待っててね。すぐに前みたいに、カッコいいお兄ちゃんを取り戻すから)




