18話 負の転換⑦
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日が落ち、紫苑祭は静かに後夜祭の時間へと移り変わっていった。
校庭の中央に組まれた簡易ステージ。
そこを囲むように灯された色とりどりのライトが、夜の闇をやわらかく照らしている。
昼間の喧騒とは違う、少し浮ついた空気。
それでいて、どこか名残惜しさを含んだ非日常が、校庭全体を包み込んでいた。
「うわぁ……綺麗」
思わず、月菜が声を漏らす。
屋台の明かり、ステージのライト、そして夜空に揺れる炎。
そのすべてが重なり合い、幻想的な光景を作り出していた。
「演劇も無事終わったし、あとは後夜祭を楽しむだけ……のはずなんだけどね」
陽菜はそう言いながら、周囲に視線を走らせる。
「星菜ちゃん……来るかな」
「……どうでしょう」
エヴァは曖昧に首を傾げた。
あれほどの戦闘のあと。
治療を拒み、姿を消した星菜がここに現れるかどうか――誰にも分からない。
「でもさ」
月菜は小さく拳を握りしめた。
「文化祭の後夜祭だよ?
何も起きないで終わるって、信じたいよ」
「はいはい、フラグ立てない」
陽菜が即座にツッコミを入れる。
その瞬間――
ステージの照明が一斉に落ち、校庭がざわめいた。
『皆さーん! 紫苑祭、最後まで楽しんでますかー!!』
実行委員の声がマイク越しに響き、歓声が巻き起こる。
『それではこれより!
後夜祭イベント、キャンプファイヤー&ダンスを開始します!!』
次の瞬間、中央に組まれた薪に火が灯った。
ぱちぱちと爆ぜる音。
炎が、夜空へ向かって大きく揺れ上がる。
「……やっぱり、綺麗」
月菜は炎を見つめ、ぽつりと呟いた。
その横で、エヴァはさりげなく校舎の影へ視線を送る。
(……魔力反応、微弱ですが……消えてはいませんね)
だが、それ以上を追うことはしなかった。
キャンプファイヤーを囲み、生徒たちは思い思いに後夜祭を楽しんでいく。
手拍子、笑い声、軽やかな音楽。
昼とは違う、穏やかで優しい時間。
「文化祭って、終わる直前が一番楽しいよね」
月菜が、しみじみと言った。
「分かる。終わるって分かってるから、今を大事にできるっていうか」
陽菜はそう言って、軽く伸びをする。
「ふふ……任務のない“普通のお祭り”も、新鮮ですね」
「その言い方、普段どんだけ非日常なの」
「否定はしません」
即答だった。
三人は顔を見合わせて、苦笑する。
一方その頃――
「うおっ、火、思ったより近ぇ!」
「ショージ、近づきすぎよ。焦げても知らないわよ」
「火傷は男の勲章だろ!」
「それ、昭和の発想だから」
相変わらず騒がしい三人組は、キャンプファイヤーの近くでわちゃわちゃしていた。
「しかし紫苑祭も終わりかぁ……」
俺が呟くと、ミアが静かに頷く。
「一日って、本当にあっという間ね」
「演劇にお化け屋敷に……修羅場未遂まであったしな」
「修羅場は余計よ」
即座に切り捨てられた。
音楽が切り替わり、リズムが軽快になる。
――フォークダンスだ。
『うわ、来た……』
『逃げ場のないやつだ』
ざわつきながらも、生徒たちは自然と円を作り始める。
その時だった。
「……あのさ」
月菜が、俺の袖をそっとつまんだ。
「ん?」
「フォークダンス……その……一緒に、踊らない?」
一瞬、言葉に詰まる。
「い、嫌だったらいいの! 無理してとかじゃなくて!」
慌てて手を振る月菜。
耳まで赤い。
「いや、嫌じゃないけど」
「ほんと!?」
「そんな勢いで聞かれると断りづらいんだが……」
「じゃ、決まり!」
月菜はぱっと笑い、俺の手を引いた。
円の中へ。
音楽が近くなる。
「右、左、回って……そうそう!」
「簡単って言ったよな?」
「はい次、手!」
「急すぎだろ!」
流れに押され、気づけば月菜と向かい合っていた。
――近い。
一瞬、言葉が消える。
揺れる炎が、月菜の横顔を照らしていた。
いつもより、少し大人びて見える。
「……文化祭、楽しかったね」
「ああ」
「全部。演劇も、後夜祭も」
照れ隠しみたいに視線を逸らしながら、それでも手は離さない。
やがて音楽が終わり、輪がほどけた。
それでも、月菜は俺のそばにいた。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「さっきの……フォークダンス」
「どうした?」
「……楽しかった」
ぽつりと零れた一言に、胸が少しだけ締めつけられる。
「……手、まだあったかい」
月菜はそう言って、そっと指先を重ねた。
強く握るわけでもなく、離れるわけでもない。
ただ、そこにある温もり。
「……もうちょっと、このままでもいい?」
「ああ」
短く答えると、月菜は安心したように微笑んだ。
「今日のこと、ずっと覚えてる」
「俺も」
夜風が吹き、炎が大きく揺れる。
笑い声と音楽の余韻が、夜に溶けていく中――
月菜はそっと、俺の肩に寄り添った。
「また、来年も一緒に回ろうね」
「ああ。約束だ」
紫苑祭の最後の火が、静かに燃え続ける。
その温もりだけは、いつまでも胸に残っていた。
こうして、少しだけ特別な後夜祭は、穏やかな余韻とともに幕を閉じた。




