18話 負の転換⑤
闇を切り裂くように放たれた光の矢は、少年の足元へと突き刺さった。
――パァンッ。
炸裂した光が夜気を押し広げ、影が弾かれるように後退する。
『……』
少年は即座に距離を取った。
その表情に、これまで一切見せなかった――ほんのわずかな警戒の色が浮かぶ。
「そこまでです、ニブラ」
凛とした声が、体育館裏に響いた。
光の残滓の中から姿を現したのは、魔装を纏ったエヴァである。
手にはカードを構え、すでに臨戦態勢。
その視線は、感情の揺らぎ一つなく少年を射抜いている。
「これ以上、彼女に手を出すのであれば……次は警告では済みません」
『……へぇ』
少年は口元を歪め、愉快そうに笑った。
『今度は君か。なるほど……確かに、君の方が厄介そうだ』
「評価は不要です」
エヴァは一歩も退かない。
「ここは学園祭会場。楽しむ人々が集う場所です。
これほど正が満ちた空間での戦闘は、あなたにとっても得策ではないはず」
『くく……』
少年は低く笑った。
『君は分かっていないね』
視線が、周囲の校舎と体育館へと流れる。
『人が集まる場所ほど、負の感情は濃くなる。期待、不安、嫉妬、焦り……おかげで、随分と蓄えさせてもらったよ』
そして、その視線は――壁にもたれ、必死に立ち続ける星菜へと向けられた。
『面白いよ、君』
穏やかな声。
だが、その奥に潜むのは捕食者の視線だった。
『未熟だけど……壊れにくい。それに、丁度いい具合に負の感情も抱えている』
「……褒め言葉なら、いらない」
星菜は荒い息を吐きながら、睨み返す。
足元は震え、視界もまだ安定しない。
それでも、目だけは逸らさなかった。
『はは』
少年は小さく笑い、影を纏う。
『また会おう。次は……もっとちゃんと準備してから』
その言葉を最後に、影は地面へと溶け込むように消えた。
――気配、完全消失。
「……撤退を確認しました」
エヴァは警戒を解かずに周囲を見回し、やがてカードをしまう。
魔装が解除され、元の姿へと戻った。
「星菜さん、大丈夫ですか?」
「……」
星菜は答えない。
壁に手をついたまま、どうにか立ち続けている。
「かなり消耗しています。今すぐ治療を――」
「いらない」
短く、強い拒絶。
エヴァの手が止まった。
「ですが、このままでは――」
「大丈夫って言ってるでしょ」
歯を食いしばり、星菜は身体を起こす。
魔装は破れ、至る所に傷が走り、呼吸は荒い。
それでも――倒れない。
「……魔術師に治療されるのは、負けよ」
「星菜さん……」
「負けてない」
震えを抑えた声。
だが、その言葉ははっきりとしていた。
「途中で助けられただけ。あたしは、まだ立ってる。負けてない」
エヴァはしばらく無言で星菜を見つめ――やがて、静かに息を吐いた。
「……分かりました」
治療の構えを解く。
「ですが、なぜそこまで治療を拒むのですか? 私が……魔術師だから?」
「……あたしは、魔術師が嫌い」
星菜は視線を逸らした。
「アンタたちのせいで……お兄ちゃんが……」
「お兄ちゃん? 佐々木冥夜さんのことですか? 一体、何が――」
「佐々木」
星菜は歩き出しながら、低く言い放つ。
「それに気づかないなら、もう話すことはない」
魔装を解除し、星菜はその場を後にした。
(……佐々木?)
エヴァの胸に、違和感が残る。
(この苗字は日本では珍しくない……だが――いや、まさか……)
二人の背後で、文化祭の喧騒が再びはっきりと聞こえてくる。
まるで、この戦いなど最初から存在しなかったかのように。
けれど――
星菜は拳を強く握り締めた。
(……次は、負けない)
胸の奥で、悔しさと決意が、確かに燃えていた。




