18話 負の転換④
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「いやー、月菜ちゃんたちのクラスの演劇、良かったなぁ!」
多少のアクシデント(?)はあったものの、月菜たちのクラスの演劇は無事に幕を下ろした。
「この脚本、陽菜が書いたの? 構成も演出も凝ってて良かったわ」
ショージもミアも口々に絶賛する。
会場には、大きな拍手がいつまでも鳴り響いていた。
「……あれ? 星菜ちゃんは?」
さっきまで後ろの席にいたはずの星菜の姿が、いつの間にか見当たらない。
「あー、クラスの出し物で忙しいんじゃね?」
「まぁ、そうか」
中等部アイドルのメイド姿なんて、そうそう拝めるものじゃない。
どこかで引っ張りだこになっていても不思議はないだろう。
「はぁ……俺もあとで行ってみようかな」
「先に言っておくが、お触り禁止だぞ」
「……それくらい、分かっとるわ!」
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「ふーん……ニブラの分際で、人間と同じ姿になれるだなんてね」
場所は体育館裏。
校舎の影に覆われ、文化祭の喧騒が嘘のように遠ざかっている。
星菜は腕を組み、目の前の少年を値踏みするように見据えていた。
少年――つい先ほどまで、舞台の上に急に現れた謎の存在である。
『……さすがだね』
少年が、静かに口を開く。
『もう、気づいてたんだ』
「そりゃあね」
星菜は肩をすくめた。
「一目見ただけで分かるわ。アンタ、ニブラでしょ?」
体育館の壁越しに、まだ拍手と歓声が微かに届いてくる。
それが、この場の異質さをより際立たせていた。
「低級のニブラじゃ、まず無理」
星菜が一歩、踏み出す。
少年はわずかに目を細めた。
『低級、ね』
感情の起伏を感じさせない声音。
『確かに、僕は普通のニブラとは違う』
「でしょうね」
星菜は鼻で笑う。
「人の負の感情を素材にして、形を保つなんて……ずいぶん手が込んでる」
『その通り』
少年は視線を逸らし、淡々と告げた。
『僕は君たち人間の負の感情から生まれた存在だよ』
星菜は星核リリック《テラ・コア》を握り締める。
「出自なんてどうでもいい。ニブラ――魔のモノは、あたしが駆逐する。――《シャイニーパワー・オン》!!
」
魔装が星菜の身を包み、空気が張り詰めた。
『ふふっ……』
「何が可笑しいのよ?」
『いや、魔術師ってやっぱり気が短いなって』
「――あたしは魔術師じゃない。勝手に一緒にしないで」
『そうなんだ。まぁ……来なよ』
少年の言葉が終わるより早く、星菜は地面を蹴った。
「――っ!」
一瞬で距離を詰め、ハンマーを振り下ろす。
だが――
「……っ、避けた!?」
少年の身体が霧散するように揺らぎ、攻撃は虚空を切った。
『残像だよ』
「くっ……!」
星菜は体勢を立て直し、距離を取る。
「やっぱり厄介ね」
『その辺の子たちとは、格が違うから』
少年は淡々と続けた。
『だって、僕は最上位種だからね』
次の瞬間、少年の足元から影が溢れ出す。
地面に染み込む黒が波紋のように広がり、星菜の足元を狙った。
「――遅い!」
星菜は跳躍し、宙で身体を捻る。
「《テラ・ウェーク……インパクト》!」
だが、少年は難なくそれをかわした。
『……へぇ』
目が、わずかに細まる。
『周囲に配慮して、威力を抑えた?』
「うるさい!」
『身体能力は高い。でも……戦闘経験が浅いかな』
その一言に、星菜の眉が跳ねた。
「……言ってくれるじゃない」
着地と同時にハンマーを握り直す。
「確かに、あたしはこの力を得て日が浅い」
一歩、踏み出す。
「でも――」
《テラ・コア》が低く唸り、光を放つ。
「だからこそ、全力で殴る時は迷わないのよ!」
「《テラ・ウェーク》!」
衝撃が地面を走り、コンクリートに亀裂が走る。
『……っ』
少年の体勢が、わずかに崩れた。
「今よ!」
「《インパクト》!」
横薙ぎの一撃が、少年の腕をかすめる。
『……なるほど』
数歩、後退。
完全には避けきれなかった――その事実が、この一撃の重さを物語っていた。
『いいね。君からも、負の感情がよく見える』
影が広がる。
『おいで、僕の可愛い下僕たち』
複数のニブラが現れ、星菜へと殺到した。
「数を増やしたところで――」
星菜はハンマーを振るい、次々と打ち倒す。
『残念。それ、囮だよ』
「――っ、きゃあああっ!」
倒したニブラが爆ぜた。
衝撃が星菜の身体を吹き飛ばす。
「……が……!」
背中から地面に叩きつけられ、息が詰まる。
『いい反応だ』
耳元で囁く声。
『魔力の消費が早すぎる』
「……うる、さい……!」
立ち上がろうとするが、脚が言うことをきかない。
『ほら』
影が伸び、ハンマーが弾き飛ばされる。
「……あ……」
《テラ・コア》の光が、不安定に揺れる。
『力はある。でも、使いこなせてない』
少年が、ゆっくりと距離を詰める。
『戦い慣れてない者の典型だ』
「……まだ……終わってない……!」
影が、星菜の身体を横殴りにした。
「――っ!!」
壁に叩きつけられ、息が漏れる。
魔装は破れ、胸が軋むように痛む。
それでも――星菜は倒れなかった。
『分からないなぁ。どうして、まだ立つ?』
「アンタには……分からない」
星菜は顔を上げる。
「あたしが――お兄ちゃんのために戦う理由なんて!」
『……なるほど。まさか君は――』
その言葉を遮るように、光の矢が闇を切り裂いた。




