8話:スキャンダルですよ!②
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夜の街は、昼間とは違う顔を見せていた。
街灯が淡く地面を照らし、ビルの隙間から覗く星空がどこか遠く感じる。
昼間はにぎやかな商店街も、シャッターが下ろされ、歩いているのはちらほらと帰宅途中の会社員くらいだ。
「……さて、と」
別にショージの魔法少女探しに付き合うわけじゃない。
ただ、田中さんのあの慌てぶりが、どうにも引っかかる。
『異常な魔力反応が増えている』
田中さんは確かにそう言った。
あれは口が滑ったって感じだったし、普段のキャラを考えても、ああいう話をするのは不自然だったしな。
「よく来てくれたな。マイフレっ!」
「略すなよ……まぁ、適当に見て回って、何もなかったら帰るぞ」
「いや、それは無い。俺の第六感を信じてる」
「要は感って奴だな? まぁ、期待はしてねーよ」
てか、うちの妹が魔法少女だしな。
俺は手近な自販機で缶コーヒーを買い、ゆっくりと歩き出した。
しばらく歩いていると、ふと違和感を覚えた。
(……なんか、妙に静かじゃないか?)
普段なら、夜とはいえもう少し車の音や人の気配があってもいいはずなのに、この辺りだけやけに静まり返っている。
足を止め、周囲を見渡す。
……何か、おかしい。
「……おいおい、まさか本当に変なことに巻き込まれるとかないよな?」
俺は苦笑しながらも、無意識のうちに身構えていた。
その時だった。
ビルの屋上から、何かが落ちてきた。
「っ!?」
反射的に身を引くと、地面に何かが着地した。
金属がぶつかるような甲高い音が響く。
目の前に現れたのは、黒い霧を纏った異形の影――まるで、人の形をした闇のような存在だった。
「……なんだ、こいつ……」
息を呑む俺の前で、その影はゆっくりと動き出す。
まるで俺のことを見つめているかのように。
「……いやいやいや、待て待て」
こんな展開、普通ないだろ。
でも、目の前のこれは間違いなく現実だ。
俺の背筋に冷たい汗が流れる。
――逃げるべきか? それとも、何か手を打つべきか?
だが、その決断を下す前に。
影が動いた。
――次の瞬間。
影が俺に向かって跳びかかってきた。
「っ、くそ!」
反射的に身を翻し、ギリギリでかわす。
だが、背後の電柱に影の腕が叩きつけられ、バキィッ!と鈍い音を立ててひしゃげた。
「……マジかよ……」
一撃であれかよ……
これはさすがに洒落にならない。
逃げる――いや、それすら許されないかもしれない。
「誰か! こいつなんとかできるやつ、いねぇのかよ……!」
そう叫んだ、まさにその時だった。
夜の闇を切り裂くように、眩い光が走った。
シュバァァァァッ!
「……っ!?」
視界が白に染まる。
そして、次の瞬間。
影の存在が、吹き飛ばされた。
「……?」
俺は目を瞬かせながら、光の元を見た。
そこに立っていたのは――
青と白を基調にした衣装をまとい、月光のように輝く金髪をなびかせた少女だった。
その手には、魔力が宿る杖。
その瞳は、まっすぐ俺を見ていた。
間違いない。
――魔法少女だ。
「……は?」
俺は、しばし呆然と立ち尽くすしかなかった。
魔法少女なんているわけない――そう思っていたはずなのに。
いや、正確には。
すぐ近くに、いたんだけどな。
彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「大丈夫ですか?」
その声を聞いた瞬間、俺は確信した。
――田中さん、もといエヴァンジェ・ソト。




