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修羅と丹若  作者: ポン酢
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修羅の申し子

 「では、少し様子を見て参ります。」


 にっこりと院瀬見はそう言った。傑は微妙な顔だ。確かにそれは必要な事だし、傑では力不足なのは理解している。

 だが何故それを「ちょっとコンビニ行ってきます」程度のニュアンスで言うのだろうと思う。ムスッと不貞腐れる傑を気にも留めず、院瀬見は階段に足を掛ける。


「あ、多分、この部屋、蟲が湧きますので頑張って下さい。」


「は?!」


「平気でしょう?蟲ぐらい一人でも。」


 さらりと言われ、傑は微妙な顔をするしかない。


「……それって、さっきから出てる影の事だよな??」


「そうですが?まさかこの状況で、蝿やゴキブリが出ると私が言っているとでも?」


「いや……。」


「警告を無視する訳ですからね?向こうも殺す気できますから。当然、上と下から追い込んできますよ。」


「……………………。」


「遊びは終わりって事です。気を抜けば死にますよ?私に五百雀の跡取りは蟲に殺されましたなど、恥ずかしい報告をさせないで下さいよ?」


「わかってる!!」


「この階段とその窓までは死守して下さい。」


「……階段はわかるけど、窓は?」


「はぁ……こんな基本的な事もわからないとは……。今まで何を学んできたのです?もしもの時の退路に決まってるでしょう?相手がどういうタイプかもわかっていないのですから……。本当、常に頭も使ってないと死にますよ?」


 呆れたというより小馬鹿にしたように院瀬見は言う。腹立たしかったが、言い返す事もできず傑は口をへの字に曲げるだけに留める。


「退路ならロープ下ろしておくか?」


「戦闘中、撤退するような状況でのんびりロープを降りられるとでも?」


「え……じゃあ……。」


「飛び降りますよ?当然でしょう?」


 何、そのアクション映画みたいな撤退の仕方……。傑は建物の構造から高さをざっと割り出し青ざめた。だが院瀬見がやるというからにはやるのだろう。


 俺、生きて帰れんのかな?(物理的に)


 悪鬼との戦とは別の意味で傑は命の危機を覚えた。超人的な院瀬見についていたら、戦いとは違うところで死にそうな気がする。 それでも一生懸命、ここから飛び降りるとしたらどうするのが一番ダメージが少ないかを思考する傑の肩を院瀬見がぽん、と叩く。


「正直、不安もありますが、貴方に背中を預けます。」


「!!」


 その言葉の意味に、傑はハッとした。


 そうだ。この場でここを任されるというのはそういう事だ。その意味が不安より大きく傑を奮い立たせた。


「……ま、私は一人でも大丈夫なのですが……。むしろ、貴方がいるんで厄介というか……。」


「院瀬見ぃ~っ!!」


 一言余計とはこの事だ。せっかく奮い立った純粋な気持ちが怒りで塗り替えられる。


「では、お願いします。」


「さっさと行って死んでこい!クソジジイ!!」


「はいはい。どうしても厳しくなったら、合図を出して下さい。」


「……わかった。」


 出すものか、と思ったがそうは言わなかった。戦とはそういうモノだ。くだらない意地を張って無理をすれば死ぬ。ゲームと現実は違う。死ななければ体制を立て直してリトライできるが、死んだらそこで終わりなのだ。


「……いい顔です。感情ではなく状況判断で動いて下さい。」


「死にたくなければ、だろ?」


 傑の言葉に、院瀬見が少しだけ笑った。そしてぽんと頭を撫でた。

 子供扱いするな、いつもならそう言い返す傑だったが、その時はそれが言えなかった。


 院瀬見の目が、いつもと違ったからだ。


 どこか遠い過去を見るような、それを懐かしむような……。絶望を見るような、虚無を見つめるような……。


「……院瀬見?」


「はい?どうしました?」


 しかし、それは一瞬だった。傑が声をかけた時には、既にいつもの院瀬見だった。声をかけてきた傑を怪訝そうに見つめる。


「……まさかとは思いますが……怖いのでいらっしゃいますか?傑様??」


「馬鹿にすんなよ……院瀬見……。」


「ですよね、今更怖いと言われても、私も対応に困ります。」


 さらりと嫌味を言う院瀬見。傑はヌググッと奥歯を噛むしかない。睨む傑を鼻で笑い、院瀬見は階段を登って行った。


 院瀬見が音もなく階段を登ってしまうと、フロアは静寂で満たされる。


 しん……とした建物は、家鳴りや虫の這うような微かな音を強調させ、気を張っている傑の神経はピリピリと刺激された。その中、銃は下ろしているが、いつでも構えて撃てる状態で立っていた。


 静寂は時間の感覚を狂わせる。それがたかだか数秒なのか、既に数分たったのかわからなくなる。その中に立ちながら、恐怖を誤魔化すように傑は考えていた。


 はじめて受けた院瀬見の修行は、銃を手にずっと立っている事だった。


 真っ暗な部屋の中、ただ、立っている。 簡単な事だと思うだろう。だが、真っ暗な中、微動だにせずただ立っているというのはとても難しい。

 はじめに持たされたのは、女性がハンドバッグに入れておけるような小さな銃だった。だからそれを持って、いいと言うまで動かず立っていろと言われた時、傑はそんなの簡単だと思った。

 しかし、真っ暗で何の音もない空間に立っていると、疑心暗鬼になってくる。


 今、音がしなかったか?

 今、何か動かなかったか?


 そう思い始めたら止まらなくなる。何もないはずのその闇の中、勝手な妄想が自分に牙を向いてくる。


 そして銃。


 はじめは何でもない。だが時間経過とともに重くなる。持っている手が痺れてくる。


 だが自分の妄想が生み出す恐怖にそれを手放す事もできない。当然、そんな状況でまともに銃が撃てる訳もない。


 そして微動だにせず立っているというのも、これが本当に難しい。


 院瀬見は傑が闇の中に蠢く自分の妄想に慣れてくると、今度は少しでも動いたらエアガンで撃ってきた。撃たれてそれに声を上げたり、大きく動いたりしたら集中砲火を食らう。

 今思えば、エアガンの小さなプラスチック弾など蝿が止まったようなものだが、当時は本当に痛かったのだ。それが真っ暗な中、どこから飛んでくるかわからないのだから。

 何度もそれをされブチ切れた傑に、院瀬見は呆れ返りながらインクの入ったウォーターガンを渡してきた。それでエアガンで撃たれて腹が立ったら撃てばいいと。当たったらこの修行はやめてやると言った。


 結論から言えば、傑は痛い目を見る事になった。


 エアガンで撃たれてウォーターガンで打ち返す。考えてみれば無茶な話だ。そもそもエアガンとウォーターガンでは撃ったものの到達速度に差がある。加えて撃たれてから撃つ時差も考えていなかった。

 傑は単に院瀬見に自分の愚かさをわからせる為に乗せられたにすぎない。打たれて打ち返えせば、かなり大きく動く。それがどういう事か傑は考えていなかった。単にやり返せる手段がある事が嬉しくその気になっていた。

 しかし赤子同然の傑が百戦錬磨の院瀬見の位置を把握する事などできるはずもなく、袋叩きに合って傑は一晩寝込む事になった。


 そんな事もあったなぁと傑は思う。


 真っ暗な廃工場。今、傑が冷静に立っているだけという事ができるのも、院瀬見に叩き込まれた基礎があるからだ。

 闇の中に立っていても、自分の恐怖心が生み出す妄想と本当の危険を見間違う事もない。多少の事があっても、絶対に動かずに状況を判断できる冷静さも、全ては積み重ねてきた院瀬見の実践訓練があったからだ。


 何より……。


 この暗がりから何かが襲ってきたとしても、それが院瀬見よりも強いモノだとは思えなかった。


 そう、修行として傑が常に向き合っていた敵は院瀬見なのだ。あの人間離れした「修羅」を、傑はいつも敵として相手にしてきたのだ。


 だから、そんじょそこらの小物程度が傑の裏をかくなど到底無理なのだ。


 傑が耳で聞くよりも早く、音に反応した。脳が判断を下す前にサブマシンガンを構え、何かに照準を合わせて撃ち始める。

 撃ち始めてやっと、傑は自分が危険を察知し、そしてそれを様子を見るのではなく攻撃すべきと判断して撃っている事に気づく。


 それぐらい、傑は叩き込まれていた。絶対に死なないよう、体に叩き込まれていたのだ。


 撃ちながら、感覚に任せて素早くその場を動く。元いた場所に上からガラスが降り注いだ。


 息をするよう傑の手が素早くマガジンを交換し、何事もなかったようにサブマシンガンを撃ち続ける。その目は冷静だ。撃ってる対象だけでなく全体を見渡し、次にどこを潰すべきか判断している。


 この優先順位を間違うと、詰む。 簡単に足元をすくわれる。


 だからそれも徹底的に叩き込まれている。


 ただ一ついつもと違うのは、これは修行とは違い、相手は院瀬見ではないという事だ。判断を間違えば「何か」から攻撃を食らう。


 それは呪われた闇。

 食らった一撃が軽症でも、どんな事になるかわからない。


 けれど、傑に焦りはなかった。正直、「呪われた闇」が何かはわからなかったが、院瀬見の折檻よりも怖いものがこの世にあるとは思えなかったからだ。それに比べたら、今、目の前に無数に湧いてくる「陰」など怖くもなかった。冷静に、その体に叩き込まれた判断通り、対処していけばいい。


 マガジンの残りを考え相手の動向を観察する。それまでの戦いも含め、そろそろ残り半分。温存するか、ここで使っておくか……。


「……数が多くて凄いってだけであんま強くないしな、コイツら。この後、何が起こるかもわかんないし……。」


 無限に湧いてくるかと思ったが、そのペースはだいぶ遅くなってきている。一時はこの2階事務フロアいっぱいに湧いていたそれらも、傑がコンスタンスに倒していったので、動き回るぐらいの隙間はできている。


 傑は素早くマガジンを背負い、ベルトを締めて体に固定した。そして太腿からサバイバルナイフを抜いた。


「まだ信桜にも片手で捻られるけど、お前らならいい練習になりそうだ。」


 少し緊張しながらも、ニッと笑う。そして「陰」たちの中に飛び込んだ。ナイフを握る手で、力いっぱい、ぶん殴る。


 手応えがあった。 それに気づかぬうちにニヤッと笑う。


『向こうが物理攻撃できるなら、こちらができないなどあり得ない。』


 それが五百雀の精神。長く続くその信念が傑の血を沸かせた。ゾワゾワっと走る言葉にならない感覚。血が騒ぎ、雄叫びを上げたくなる。


 ああ、そうか……。


 傑は思った。

 これが「五百雀の血」なのだと……。


「……俺はずっと院瀬見を相手にしてきたんだ。お前らなんか、屁でもねぇ……。」


 目付きが変わる。肝が据わったとも言える。

 遠い昔から、五百雀はこうしてコイツらを黙らせてきた。


 俺にはその血が流れている。


 何で院瀬見がほとんど体術でぶん殴ってたか、今の傑にはわかる。弾がもったいないからじゃない。その方が手っ取り早いからだ。


 「陰」たちが目付きの変わった傑にざわつき出す。


 傑は無意識に、それらに微笑んだ。

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