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修羅と丹若  作者: ポン酢
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厄介者たちの宴

 傑達が近づくと、廃工場の壊れたシャッターがカタカタと音を立てた。院瀬見は気にせず進んでいくが、傑はちらりとそちらに目を向ける。血糊のような闇が微かに見え、スッと引っ込んだ。


「下らぬ小物にまで意識を向けていてはキリがないぞ、小僧。」


「………………。」


「全てに対して対応できるのは己一人。優先順位をつけ間違えば……。」


「死ぬんだろ。」


 傑は答えた。院瀬見の教えはいつもそれだった。


 どうなったら死ぬか。


 けれど、そうならない為にどうするかは教えてくれなかった。それがわかるまで徹底的に叩きのめしてくるだけ。


 その中で傑は自分の答えを出す。言葉でも学びでもなく、直に体に叩き込まれた。


 何度も何度も叩きのめされ、考え、行動する。それに対し、院瀬見は「いい反応だ」とか「悪くない」とかそういう事しか言わない。 やがて違う「どうなったら死ぬか」を教えられる。多分、傑がその前に教えられた「どうなったら死ぬか」を回避できるようになったと判断していたんだと思う。


 他の教育係とは全く違った。


 それを他の教育係や周囲から院瀬見が色々言われていたのも知ってる。でもそういう事が起こる度、最終的に祖父である一作が「やれ」と院瀬見に命じた。

 婿養子とはいえ五百雀(いおじゃく)の大御所。何より祖父は「修羅」だ。誰もその決定には逆らえない。


 やがて、他の教育係では傑に対応できなくなった。教える前に、傑が自分で考え判断して対応できてしまうからだ。そうなって、誰も院瀬見の教え方に何も言わなくなった。

 傑は「修羅の申し子」と影で言われるようになった。いくら五百雀の生まれで元々の才能があっても、傑の歳でそこまでの対応ができてしまう事は普通ではなかったからだ。その上、修羅である一作を祖父に持ち、修羅である院瀬見に教えられた跡取り息子。


 傑に付きたがる使用人はいなくなった。 恐れられたからだ。


 そしてやりたがる者がいないので、教育係だった院瀬見がその延長で付き人になった。 院瀬見はそれをどうとも思わず、むしろ四六時中、教育係としても傑に容赦なく接してきた。一応、修行時と日常時の線引きは院瀬見の中にはあるようなのだが、傍から見れはあまり変わらなかった。


 そんな中、月一で変わっていたもう一人の付き人が信桜で安定し、その手伝いにひょっこり風祭が入るようになった。

 風祭に至ってはなんとなくわかる。五百雀に入ったばかりで面倒な柵もなければ余計な噂も知らない。周りも院瀬見と頻繁に顔を合わす仕事をするのが嫌だからと、何も知らない風祭にその役を押し付けたのだ。

 けれど風祭自身は若干重度のコミュ障気味なところがあるので、決められた数人としか接しなくて済む今の状況を気に入っている。


 ただ信桜はよくわからない。それなりに腕も立つし、椿だっている。付き人なんて仕事をせず、戦人としてピンなりでやっていておかしくないのだ。傑の付き人となった今もその腕を買われ、頼み込まれて臨時で仕事に行っているぐらいなのだ。


 一度だけ傑がそれを訪ねると、「自分には夢があって……」とヤ○ザみたいな顔を照れ臭そうに掻きながら一言返された。ただその夢が何かは、恥ずかしがって教えてくれなかった。ゴツくて厳ついのに、心は純真な人だなと思った。感性は完全に五百雀に毒されてるけど。


 要するにだ。


 今、傑の側にいる人間。 つまり今回の戦に参加している人間。


 傑を筆頭に、五百雀では何かしらの問題児なのだ。


 でも、傑は色々問題があれど五百雀の跡取りで、院瀬見は最強の戦人「修羅」で、風祭は無自覚龍脈間欠泉で。関わりたくはないけれど、適当に扱う事も出来ない人物。信桜はそうでもないのかもしれないが、あの腕と椿を連れていて、戦人ではなく傑の付き人をしたがるのだから何か変なのだと思う。


 工場跡のメインフロアは広く、傑と院瀬見の足音だけが響く。物は何もなくガランとしていて、天井も高く吹き抜けになっている。上には放置されたクレーンの一部や太い鎖などが下がり、風で揺れる訳もないのに揺れているものもあった。


 傑はため息をついた。院瀬見の言葉を借りるなら、今のところ、優先順位をつけるものは何もない。見たところ、入り口になっているメインフロアは、もらった資料と特に変わりがないようだ。

 だとすると事務所などがあった部分。こちらは四階分の空間があるが、資料は何故か三階までしかない。院瀬見も端から何かあるならここだと思って向かっているのだと思っていた。その院瀬見の歩む速度が変わるまでは。


「……銃を撃てるようにしておけ。手間取ったら死ぬぞ。」


 傑は肩をすくめた。たまには他の言い方を聞いてみたいと思った。とはいえ、院瀬見が言うのだからそろそろ何かしらあるのだろう。


「拳銃?サブマシンガン?」


 そう聞くと院瀬見は立ち止まり、あの悪魔の顔で呆れたように冷たく傑を睨んだ。


「……お前……この状況なら、どっちだと思うんだ?」


 そう言われ、傑は担いていたサブマシンガンを両手で持った。何も考えなくてもそんな事は一瞬でできる。そういう風に仕込まれた。確かに馬鹿な事を聞いただろう。この広さがある場所でどう侵入者を攻めるか……。考えるまでもない。


 二人がそんな会話をしている中、周辺の空気が変わる。ゆっくりと足元から立ち上り、取り囲むように揺れる暗い影。


 思ったより臭い。血の腐ったような生臭く吐き気のする臭いが漂う。傑は思わず噎せて咳き込んだ。


「マスクが必要ですかな?傑お坊ちゃま?」


「……いらねぇ。20分もすれば鼻は順応するだろうが。」


「痩せ我慢はやめておけ。ただでさえ初陣で震えてるのに、集中力が下がったら……。」


「黙れ、クソジジイ。それから震えてねぇ。」


 わざと子供扱いしてくる院瀬見に傑はカリカリした。多分、アドレナリンを出させる為に、わざと怒らせているのだと傑は思った。


 思ったが……。


「……ムカつく!!」


 いい様に策にハマっているとわかっていても、ムカつくものはムカつく。長年、師としてそして執事として一番近くにいただけあって、傑を怒らせるツボを熟知していた。


 その間に工場跡の中はすっかり暗くなっていた。いや元々夜なのだから明るさが変わる訳はずはないのだが。しかし取り囲む影は幾重にも重なり色を濃くし、吹き抜けの天井に迫るように高くなっていく。その為に全体的に空間がどんよりと重く闇んでいた。空気は古くカビ臭さを纏い重かった。


 院瀬見と傑は頃合いを待つ。体を大きく見せるのは、威嚇の基本。一番単純で影響力もあるが、それにあまり意味もない。


「……そういえばさ?院瀬見ってメインに何を使うんだ?」


「特に拘りはない。この程度はゴム弾でも殺せる。」


「……ナニソレ??どうやって??」


「気合いだな。殺すと決めていれば手に持つものが何であっても必ず殺す。」


 それは気合いではなく殺気だ。傑はそんな事を思う。そしてんん?と首を撚った。


「……て事はさ?毎日、俺に向けてたゴム弾って……。」


「私に殺す気があれば殺せてました。」


「……あ、そ。」


 あながち冗談とも思えず傑はげっそりする。無駄に膨張していた闇は、驚くでも怯えるでもない二人に苛立ちを示し出した。

 傑の手が無意識のうちにセーフティーロックを外す。


「……私に当てるなよ?小僧?」


「約束できないね。だって俺、初陣で震えてるし。」


 次の瞬間、何かが二人に向け飛んできた。それを合図に傑はサブマシンガンを構えて撃ち始め、院瀬見はその場から姿を消した。


 時は丑三つ時。 魔の時間。


 開戦はあえてこの時間を選ぶ。 それが五百雀の流儀だ。


 相手の力が一番強まる時。それは逆に言えば、半実体の者たちが一番、実体に近い状態にあるという事。


 つまり、殴りやすい。


 深夜の静寂を傑のサブマシンガンの音が機械的に切り裂いていく。そしてその中にたまに交じる拳銃の発砲音。


「……始まったな。」


 それを建物の外にいた信桜は聞いた。そしてすねこすりを食べていた椿に目を向ける。


「悪いが頼むぞ。坊っちゃんの初陣だ。」


 椿はニコッと信桜に微笑み、自分が生み出した糸の上を歩いていく。

 彼女は蜘蛛の巣の支配者。その糸の上で起こる事は全て把握している。


「……こっちも来たか。」


 信桜の鼻が、あまり好ましくない淀んだ臭いを嗅ぎとる。地を這うアメーバかスライムのようにのったりと蠢く闇が首を擡げた。


「確かに最新の蟲避けはあまり効果がないようだな……。」


 周辺に散布しておいたそれがあまり抑止力になっていない事を見て取り、苦笑いしてライフルを構える。

 スコープを覗くが早いか、その指が引き金を引いた。


「ほい、ヒット。」


 バシュッと、その澱みが浄化される。五百雀の武器は普通の武器と変わらないが、弾は特殊な場合が多い。普通の銃弾に前もって霊的な処理を加えたモノから、陰陽師に特注で作ってもらうモノまである。


「……ヒット。」


 特殊部隊の狙撃手さながら、淡々とヘドロのような闇を撃ち抜いていく信桜。場馴れしている事もあり、相手の数が増えてこようとも慌てる素振りもなく、ただ黙々と確実に仕留める事を繰り返す。


「弾数無制限だから楽でいい。」


 今回、信桜が使っているのは普通のライフル弾だ。けれどそれが「何か」を貫くと、そのものだけではなく周辺を浄化している。


 たとえどこの国のものとも知れぬモノであっても、この地上に存在している以上、大地から生まれる力に贖う術はない。


「本当、無自覚なのに便利なヤツだ。」


 そう言った信桜の扱うライフルには、コードのように光る蜘蛛の糸が繋がっていた。


 信桜の背後。 巨大で見事な蜘蛛の巣の中心。


 そこにある糸の塊。


 ライフルに繋がる糸はそこから伸びている。その塊には数匹のすねこすりが心配げに寄り添う。流石にこの状況では他に力が流れすぎていて、増えたりはしないようだった。


「ま、帰ったら高けぇ肉でも奢ってやるか……。」


 何気に後輩思いの信桜は、そんな事を考えながら黙々と自分の仕事をこなしていった。


 信桜の淡々とした銃声が響く中、建物内では傑のサブマシンガンの音が止まった。


「シジイ!うろちょろすんな!!」


「黙れ、未熟者。私を避けてマシンガンも撃てないとは嘆かわしい……。」


 取り囲んでいた得体の知れない何かを粗方仕留め終えると、それらという壁がなくなったせいで、傑はサブマシンガンが撃てなくなった。


 理由は簡単だ。


 両手に拳銃を握りながら、ほとんど撃つのではなくそれのエッジで敵をなぶり殺しにする院瀬見が邪魔なのだ。その動きが早すぎる上、トリッキーな動きをするものだから、奇抜すぎてとてもじゃないがサブマシンガンで対応していられない。


「チッ!この人外ジジイ!!」


 その人間とは思えない動きに、傑は仕方なく自身も拳銃を手に地道に一体一体処理していく。基本、その場から動かずに銃を構える傑。


 対する院瀬見はほとんど肉弾戦だ。動き回り殴り掛かり、トドメとばかりに撃ち抜く。しかも撃つときは基本的に見ていない。いきなり背後に銃口を向けたと思うと撃って仕留めている。


……何なの、このジジイ……。


 まるでクンフーの達人のように動きながら、ノールックで敵を撃ち抜く。周囲からもう倒すものがなくなって、やっと院瀬見は動く事をやめた。それを傑はドン引きしながら見つめる。


「……ニュータイプ??」


「何だそれは?」


 院瀬見はホルスターに銃をしまうと乱れた着衣を整え、髪をかきあげた。そしてダルそうな体を解すようにストレッチする。


 怖っ。 このジジイ、怖っ。


 あれだけの事をしておきながら、息も乱さず飄々としている院瀬見に傑は引きまくっていた。修羅とは聞いていたが、もはや人間じゃない。

 そんな傑にすっと院瀬見の視線が向く。


 次の瞬間。


 パンッと乾いた音がした。頬の真横が旋風が走り抜ける。


「?!」


 院瀬見を凝視し、そして背後を見る。真後ろで闇がその形を保てず崩れさっていく。


「……気を抜いてると、死ぬぞ。小僧。」


「あ、はい……。すみません……。」


 色々ありすぎて思わず素直に謝る傑。


 ……ていうか?!いつ抜いた?!さっき、ホルスターに締まってたよね?!銃?!


 疑問符と感嘆符を無数に浮かべながら、傑は背後と院瀬見を二度見三度見する。院瀬見はそんな傑を気に求めず、周囲を見回した。そして床に散らばる無数のゴミを足で避ける。


「……やはり多くは蟲か……。」


 そう言われ、傑も辺りを見渡す。床は、さっきまでなかった無数の蟲の死骸で埋まり、色が変わっていた。


「うげぇ……。気持ち悪い……。」


 自分の足元にも広がるそれに、傑は気味悪がってひょこひょこと動いた。そんな事をしてもどうにかなる量でもなく、諦めて踏みつぶす。乾燥したパリパリという何とも言えない感触と音がした。


「……って?!何してんの?!院瀬見?!」


 踏んだ感覚を傑が気持ち悪がっている中、院瀬見はベストの胸ポケットから小さなジッパー付きのビニール袋を出すと、その虫の死骸を無造作に集めて入れた。まさかそんな事をすると思っていなかった傑は訳がわからない。しかしそんな傑を院瀬見は冷めた目で見てため息をついた。


「……どこの蟲か調べなければ、根本的な原因追求ができぬだろうが。そんな事もわからないのか?」


「だからって今それやる必要ある?!」


「こういうものはな、消える事がある。理由は様々だ。だから逃さぬ為に必ずその場で集めて封をする。覚えておけ、新人。」


「……あ、はい……。」


 新人……。小僧よりはランクが上がったのだろうか??


 基本、院瀬見に罵倒されている傑の感覚はおかしくなっており、「新人」と言われた事が良い事なのだろうと勝手に解釈していた。

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