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修羅と丹若  作者: ポン酢
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陣羽織

 傑は趣味で揃えたサバゲー装備を並べていた。武器は変わるが、装備はこれがいいだろう。そう思った。


「……何をされてるんです?」


 そこに院瀬見がやってきた。傑の並べているものを一瞥し、鼻で笑う。


「そんな軍装備基準にも満たない子供騙し……。10分で死にますよ、傑様。」


 傑はキッと院瀬見を睨んだ。しかしいつもの憎まれ口が出ない。

 そんな傑の双眼を院瀬見の色の変わらない眼が覗く。


「……死にませんよ、貴方は。その為の私です。」


 何の感情もなくそう告げられ、傑は反射的に院瀬見の燕尾服の襟を掴む。そして五百雀(いおじゃく)特有の刃のような眼差しで睨んだ。


「今回の戦の大将は俺だな?」


「もちろん。貴方様の初陣ですから。」


「と言う事は、お前は俺の下僕だ。俺の命に従うな?!」


「……私は貴方のお目付け役も兼ねておりますし、何より大御所様でありこの五百雀家から、貴方を守るよう命を受けております。なので聞ける命には限りがありますが、基本的には貴方の捨て駒に過ぎません。」


「だったら従え。」


「何なりと。」


「……死ぬな。」


「………………。」


「俺の為に死ぬな。俺の為に生きろ。永遠にな。」


 睨み合う双眸。


 先に折れたのは院瀬見だった。少し悪戯にその目を細め、降参と言いたげに両手を上げた。


「申し訳ございませんが、永遠は無理でございます。傑様。私をいくつだと思ってらっしゃるんです?」


「うるさい。妖怪みたいなジジイのくせに。」


「失礼な。妖怪如きに劣る私ではありません。」


「バケモン!!」


 傑の口からは、それまで出てこなかった憎まれ口がスラスラ出るようになる。そんな自分がおかしくて、傑は声を出して笑った。

 院瀬見もそれを見てどこか安心した。この状況で笑えるなら、大したものだと。そしてちらりと傑の用意した物に目を向ける。


「承知しました。しかし、その為には少し特権を頂かなくてはなりません。」


「はぁ?!特権?!」


「貴方様は私の言う事に歯向かう傾向がありますからね。私の助言には素直に従って下さい。でなければ私は死にます。」


 そう言われ、傑はヌググッと奥歯を噛んだ。院瀬見の言いなりになるのは気に食わないが、実戦が初めてである以上、自己主張をしていては、院瀬見の命だけでなくサポート班の身を危険に晒しかねない。


「……ひとまず、今回はそうする。」


「まぁ、いいでしょう。私もまだ死にたくはないのでお願い致します。」


「はいはい。」


 そう返事をしながら傑はんん?と首を捻る。だとするとそれはいつもと変わらないのではないか?と。

 しかし院瀬見はもう頭を切り替えているようで、サクサクと傑が用意していた物を仕分けている。


「使えそうなのはホルスターぐらいですな。こういう物は使い慣れた物の方がいい。強度が心配なので少し手直しをすればいいでしょう。今後の為に同型の物を作らせましょう。」


「あ、俺もそう思ってた。違うホルスターだと咄嗟に手間取りそうだし。」


「服はこちらを。」


 そう言うと、院瀬見は手にしていた衣装カバーを渡してきた。それを受取り、用意されていたのかと傑は少し嬉しくなる。一体どんな凄い装備が出てくるのかとワクワクしながら、傑はそのジッパーを下ろして服を取り出したのだが……。


「……何で?!」


 思わず絶句する。そこから出てきたのは、傑が普段から身につけている服。


 学校指定のブレザー制服だった。


 てっきり軍装備並みの厳つい装備が出てくると思っていた傑はがっかりしてしまった。 しかし何か変だ。それをじっくり傑は観察する。


「……信桜の椿の糸??……母さんの凪の羽根?!」


「ほう。腐っても五百雀。よくお解りで。」


 その言葉にカチンと来て、傑は院瀬見を睨む。


「オマッ!!褒めるにしたって言葉を選べよ!!」


「何がです?傑様を表すにはぴったりかと?」


 しれっとそう言われ、傑は地団駄を踏んだ。


 しかし、だ。

 見かけは学校指定の制服ではあるが、これはとんでもない物だ。


 五百雀一門の戦人(いくさびと)の多くは、相棒とする妖怪や神使を持っている。信桜の椿は女郎蜘蛛で、母親の凪は何と鳳凰だ。


 蜘蛛の糸というのはベタベタしていると思われがちだが、縦糸と横糸で違う。巣を保つために出される糸は粘着性がなく、あまり知られていないが鉄よりも強度がある。普通の蜘蛛でもそうなのだ。妖魔である椿の糸はそれを軽く上回る。


 そして鳳凰とは羽蟲の長で龍・麒麟・霊亀と並ぶ四霊獣の一つ。かなり高位の霊鳥であり、聖なるもの。五行・五季・五方のうち、火・夏・南方を司るものだ。


 渡されたブレザー制服は、椿の糸で作られ、凪の羽根が織り込まれている。見た目はどうあれ、そんじょそこらの強化服など目ではない。


「……スゲェ……。」


 思わずブレザーに見とれる傑。それを満足そうに院瀬見が微笑み、軽く頭を下げた。


「初陣の傑様に我々でご用意しました陣羽織です。どうぞお納め下さい。」


「うん……ありがとう……。」


「おや、素直で。まだ可愛らしかった幼い日を思い出します……。」


「……院瀬見、お前、いちいち一言多いんだよ!!」


 泣き真似をしてハンカチで目尻を押さえる院瀬見に傑は噛み付く。だが、やっと自分を取り戻せた気がする。


 祖父母に初陣を告げられた時は、目の前が真っ暗になった。そしてそれから逃れられないのも、五百雀として生まれた自分の宿命だと思っていた。


 五百雀一門。 かつて陰陽師と双璧を成した、怨霊・妖怪退治の一門だ。


 術は陰陽、技は五百雀。


 要するに、魔法のような術使いが陰陽師で、五百雀はぶっちゃけ物理攻撃担当の力技の退魔師と言える。


「まぁ、俺らは五百雀。脳筋でいればいいんだよな~。」


「脳筋と言われるのは勘に触りますが、ひとまずそう思っていて下さって構いませんよ。倒せば良いのですから。」


「だな。力こそ正義!みたいな?」


 調子に乗ってふざけると、バシッと頭を叩かれた。そしてそのまま、滅茶苦茶いい笑顔でアイアンクローをかまされる。ミシミシと音を立てる傑の頭蓋骨。


 院瀬見の持つもう一つの顔。

 傑はそれを悪魔の顔と呼んでいた。


「……調子に乗るなよ?小僧。死にたくなければ頭も使え。」


「痛い!痛いっ!!院瀬見!まだ勤務時間内!勤務時間内だ!!」


「……おっと、これは失礼致しました。」


 そしてすっと執事の顔に戻る。普段の院瀬見も悪魔みたいなところがあるが、悪魔の顔をした院瀬見は間違いなく死神か魔王だ。修行など傑を「教育」する際と、勤務時間が過ぎると出てくる顔だ。


 だが、お陰で傑の心はすっかり安定した。


 未知なる相手に初陣を切る事になって何も考えられなかったが、大丈夫だと思えた。これまで模擬戦はいくつも行ってきた。空で言えるほど戦闘術を学んできた。これまでにあった「戦」の資料を読み込んできた。


 院瀬見には遊びだと思われていたが、サバゲーやオンライン対戦で自分で戦術を練り実践してきた。 武器だって、今ある最高のものを使用できる。最高の陣羽織も手に入れた。


 そして何より……。


 同行するは五百雀の修羅が一人、院瀬見小次郎その人だ。


 修羅は五百雀一門の戦人の最高位。

 だが、出世したからと言って「修羅」になれる訳じゃない。その人間を見た者すべてが「修羅」としか表現できない時にだけつく、鬼神の総称だ。傑は他に修羅を一人しか知らない。


 それは傑の祖父。

 旧姓、矢切一作。


 元々は流れの退魔師で、長年一人でやってきただけあって、戦法は滅茶苦茶だがそれはもうその時点で「修羅」の名に相応しい強さだったそうだ。給料が安定していると言う理由で五百雀一門に入り、戦術や妖魔について学び、その強さに磨きがかかり修羅の名を得た。そして誰もが恐れる五百雀の現最高権力者である祖母の瞳が、修羅たる祖父を一目見て惚れ込んでしまい無理を押して婿にされたらしい。

 自分自身も優れた戦人だった祖母は「自分より強い男しか受け入れない」と言って周りを困らせていたので、二人を結ぼうとそれはそれは皆が必死だったと祖父は笑っていた。


 だが、院瀬見の事はよく知らない。


 傑が物心ついた頃には、お目付け役兼教育係の一人として院瀬見は傑の側にいた。その頃すでにもう「修羅」と呼ばれていた。

 そして傑の修行が進むに連れ、教えられるのが院瀬見以外にいなくなってしまい、専属教育係から始まり現在の執事兼ボディガード兼教育係になったのだ。






「……風祭、それ、大丈夫?」


 移動中の車の中、傑は助手席に座っているサポート班の風祭に声をかけた。風祭は傑の側近の中で一番若く、五百雀に入って日も浅い男だ。


「若~助けて下さい~。」


 すでに半泣きの風祭。傑は何と言っていいのか分からず、はははと半笑い。

 すると何故が風祭側の窓が開いた。そしてそこから糸が伸びたかと思うと、風祭の上にみっちり積まれていたそれ(・・)をごっそりと持っていってしまった。


「ギャー!!うちの子たちが!!うちの子たちがぁ~!!椿さ~ん!!お願い!!食べないでぇ~!!」


「うるせぇ!!風祭!!」


「シノさ~ん!!うちの子たちがぁ~!!」


 押しつぶされていても半泣きで、いなくなっても半泣きとは、どうしたらいいんだろう?傑は半笑いを続けるしかない。


「うるせぇ!!椿が食ったって!!明日には増えてんだろうが!!」


「うぅ~千十郎たちがぁ~。」


「いちいち名前つけんな!!てか、千なんてとっくに超えてんだろうが!!」


 説明すると……。風祭にはすねこすりという妖怪がついている。これはパートナーとして連れている訳ではなく、風祭がすねこすりに気に入られ、半ば取り憑かれているのだ。

 聞いたところによると、イタチみたいなモルモットみたいな生き物が弱っていて、可哀想に思って拾って看病して面倒を見ていたところ、それがすねこすりだった。そしてどういう訳か、すねこすりは風祭の側にいると大繁殖するのだ。


 これは風祭の持つ特性らしく、その特性を見込まれて五百雀に迎え入れられたと聞いた。本来、風祭の持つ特性は凄く希少で色々あるらしいのだが、今はただただ無尽蔵にすねこすりを増やす増幅係と化している。

 ゲスな話。椿をはじめ餌を食べる妖魔はたくさんいる。そういう点で、現在、風祭と彼に取り憑いているすねこすりは、いるだけで五百雀にとても有益なのだと言える。


 ただこうして移動などになると、風祭は全匹屋敷に置いてきたつもりなのに、何故か我も我もとくっついてきてしまい、気づくとどこからか湧いてきたすねこすりたちに風祭が押しつぶされている。もしかしたらその場で増えているのかもしれない。


 そして車を運転しているのが、院瀬見と共に俺についている執事兼ボディガードの信桜。

 ぱっと見、申し訳ないがはっきり言ってカタギの人じゃない……。口調も態度もヤのつくご職業の人のようだ。

 でも生まれも育ちも、ごく普通。いや、ご家族の多くが五百雀で仕事をしているので、普通と言えるかはわからないけれど、別にヤのつく人ではない。家族共々体格もよく、こういう雰囲気で、そういう風に見えてしまうだけの普通の人なのだ。


 ちなみに信桜についてる女郎蜘蛛の椿は、大きさ的に車には乗れないので屋根の上にいる。見える人が見たら、かなり怖い絵だと思う。しかもたぶん今現在、お食事中である……。


「うぅ……うちの子がまた減ってしまった……。」


 食べられてしまったすねこすりのために泣く風祭。優しいいい人だとは思うのだが、五百雀に向かない人間だよなぁと思わずにはいられない。


「……そう言えば、院瀬見はずっと一人なのか?」


 騒がしい車内で、我関せずと半分寝ていた院瀬見に傑は声をかける。院瀬見は面倒そうに薄く目を開けると、ため息をついた。


「何か妖魔などをつけないのかという意味でしたらつけていません。私には必要ありませんから。」


 さらりと言った院瀬見の言葉に、風祭が怯えている。でもこれは風祭が失礼な態度を取っている訳ではない。修羅である院瀬見は、ほとんどの人にこういう反応をされる。けれど本人は全く気に留めてない。なので傑も気にせず話し続ける。


「俺もいつか、なんかつくのかなぁ~。」


 母の凪、そして門下の戦人たちが何か連れているのを、傑は子供の頃から少し羨ましく思っていた。母親のような聖獣などという高望みはしないが、何かいたら嬉しいよなぁと思う。風祭のすねこすりだって、餌以外に何の役に立つのかわからないけど、いたら可愛いものだ。


 そんな傑を院瀬見は冷めた目で見、はぁ……と重いため息をついた。


「……貴方様には、もう付いていますでしょう。」


「は?何が??」


「私が。」


 しん、と静まり返る車内。

 信桜と風祭は特にどうしていいのかわからず固まっていた。院瀬見のそれが冗談なのか何なのかわかりかねたからだ。

 そこをさらなる一言が二人を襲う。


「……え?院瀬見って、人間枠じゃなくて珍獣枠だったんだ??」


 傑の言葉に、あの信桜がブッと思いっきり吹いた。しかし院瀬見を笑ったとなってはさすがの信桜も立場がないらしい。大真面目に「失礼、クシャミが……。」と誤魔化した。 風祭に至っては、キャパシティーを越えてしまったようで、すねこすりたちと一緒に完全に宇宙猫と化している。ああ、ペットと飼い主って似てくるよなというくらい、そっくりな顔して皆で固まってた。


 でもそうか、院瀬見はすでに人間じゃなくて、使獣枠なんだなと傑は納得した。冗談なのはわかっていたが、妙にしっくりする。


 院瀬見はすでに、人間枠にいない。


 そう思うとちょっとおかしかった。

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