第九話 桜小路薫子、『チーム異世界』会議を開く
登場人物紹介
黒崎櫂斗:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。無双流の使い手。『チーム異世界』メンバー。
火撫由輝斗:櫂斗の幼なじみ。最近は、空手の師匠である叔父に再び稽古をつけてもらっている。『チーム異世界』メンバー。
桜小路薫子:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗たちと友達になり、『チーム異世界』を結成した。
片岡荘介:櫂斗の友人。櫂斗のオタク友達。『チーム異世界』メンバー。
阿久根孝蔵:坊主頭の巨漢。高校生なのにおっさんと思われている。現在はその体格を活かし、引っ越し屋でバイトをしている。『チーム異世界』メンバー。
「皆さん、よく集まってくれました」
やけに芝居がかった調子で、南城高校の制服である黒のセーラー服を来た少女――桜小路薫子が言った。
「集まったっていうか、無理矢理呼び出されたっつーか……」
赤毛の少年――火撫由輝斗がぼやく。
既に一度帰宅していたのか、私服姿だった。
オーバーパーカーにスウェットパンツというラフな格好だった。
「よくわからんが、面白そうなんで来たぞ。今日はバイトもないしな」
坊主頭の巨漢――阿久根孝蔵は興味深そうな表情だった。
阿久根も私服姿だった。白いTシャツにジーンズというシンプルな格好だった。
「よっ、待ってました!」
楽しそうに拍手をしているのは、異世界と聞いたらどこからでも現れそうな男――黒崎櫂斗だった。
「まあ、今日は用事は無いし、いいけど……」
片岡荘介は、この状況に困惑をしていた。
櫂斗と荘介は学生服のままだった。
「さあ、『チーム異世界』会議を始めましょうか」
薫子はノリノリで会議の開催を宣言した。
――桜小路さんってこんな人だったんだ……
荘介は、クラスでもお淑やかな雰囲気で人気の美少女と思っていた薫子の意外な一面に驚いていた。
荘介達がいるのは、繁華街にあるカラオケボックスの一室だった。
放課後、薫子から『チーム異世界』のRINEグループで呼び出されたのだ。
『チーム異世界、集合です。場所は――』
それに対する反応は様々で――
ノリノリの櫂斗。
興味深そうな、阿久根。
嫌そうな、由輝斗。
荘介は、そのどれでもなかった。
陰キャ男子として友人にあまり恵まれない人生を送ってきたので、そもそもこういう集まりに慣れていない。
嫌なわけではないが、戸惑いがあるのが本音だった。
「会議? ってなにするんだよ」
由輝斗の問いに、薫子は胸を張った。
「もちろん、親睦を深めるためですよ。せっかく、『チーム異世界』が結成されたのだから、仲良くしたいじゃないですか」
「…………まあ、いいけどよ……」
由輝斗は渋々頷いていた。
そもそもの『チーム異世界』結成のきっかけとなった『事件』が由輝斗が南城高校に来たことが原因となっているので、薫子に対しては強く出られないようだ。
「それで、なにするんだよ。――みんなで歌でも歌うのか? オレは嫌だぜ」
「それもいいですが……今日はやめておきましょう。――今日は、せっかくなんで異世界モノの作品について語り合いませんか」
薫子はとてもうれしそうな表情で宣言した。
なんだか、薫子のわくわく感が透けて見えるようだった。
荘介はそんな薫子の一面を意外に思いながらも、納得していた。
――桜小路さんも、語り合いたかったんだなぁ……
薫子はかなりの異世界ラノベ好きなのだが、それをずっと隠していたとのことだ。
荘介同様、櫂斗の自己紹介の挨拶に怯んで隠れオタクとして、クラスでは潜んでいたらしいし。
「いいねえ。大賛成」
櫂斗は薫子に賛同した。まあ、当然だろう。
「いいよな、荘介」
「う、うん。別に僕はいいけど……」
どちらかと言えば嫌ではないので荘介は頷く。
「ちょっと待てよ。オレは異世界ラノベとやらに興味は無いぞ」
由輝斗は発言に薫子は「まあまあ」と宥めた。
「大丈夫です。聞いているだけでも良いですから。――きっと好きなりますよ、異世界ラノベ」
自信満々な薫子だった。
――そうかなぁ……
「オレも良くわからんが、聞くだけで良ければいいぞ」
「そうですか。ありがとうございます。――では始めましょうか」
そうして、『チーム異世界』会議とやらが、始まった。
「まず、皆さん、どういうタイプの異世界ラノベが好きですか?」
「タイプ?」
「一言で異世界ラノベとは言いますが、色々タイプ分けができるんですよ。まず……どうやって異世界への行き方、です」
「行き方?」
「はい。まず『召喚』されるか、『転生』するかですね」
「それのなにが違うんだ?」
「そりゃ違うだろう。『召喚』は今の身体のまま異世界に行くことで、『転生』は異世界で生まれ変わることだろう?」
「さすが阿久根さん、理解が早いですね」
「…………」
由輝斗はこの裏切り者、と言いたげに、阿久根を見ていた。
「俺は『召喚』派だな。やっぱり、自分の身体で異世界には行きたいよな。別に『転生』が嫌ってわけじゃないけど」
櫂斗が言った。
「ああ、そういえば、黒崎君のお爺さんも異世界に召喚されたとかでしたっけ」
「…………どーせ、みんな信じてくれないけどなー」
「わたしは信じてますよ」
「どーだか」
櫂斗は仏頂面だった。先日、異世界についての告白を、皆が信じてくれなかったのが不服なようだった。
――まあ、普通信じられないよね。櫂斗の祖父が異世界に召喚されて――帰ってきただなんて……
確かに櫂斗の無双流は普通ではないのはわかるが、それとは話は別だ。
「……僕はどちらかと言えば、『転生』かなぁ。やっぱり、別の新しい人生を歩むって感じが好きかも」
荘介が答えると、薫子が食いついてきた。
「わたしもです! ――転生、いいですよね」
「う、うん……」
薫子の勢いに押される荘介。
「やっぱり、生まれ変わって、やりたい放題したいですよ。神様とかから自分だけの特別な能力をもらって無双しまくりたいですし」
やたら力説する薫子。
「意外だな。桜小路は転生して無双する作品が好きなんか」
櫂斗が言った。
「意外ですか?」
「意外っていうか、桜小路は女子だし、なんとなく異世界転生で無双する話より、乙女ゲームの悪役令嬢とか聖女追放とかそういう方が好きなんかと思ってた。――偏見かな?」
「いえいえ、もちろんそういうのも好きです。――でも一番って言うとトラックに引かれてから始まる転生モノかなぁ。とにかくチートスキルをもらって圧倒的な力で無双したいんですよね」
なんだか発言が物騒な気がする。
「なるほどなぁ。婚約破棄からの溺愛系とかはどうよ」
櫂斗の問いに薫子は「うーん」と腕組みすると、
「それならわたしは男主人公のハーレムの方が好きですね」
「え?」
つい、声を出してしまう。
だがそんな荘介には気づかないようで、薫子は続ける。
「わたし、実は可愛い女の子が好きなんですよ」
「へぇ」
「そういう可愛い女の子にモテモテになるハーレム作品は大好きなんですよ。特に奴隷ハーレムとか最高ですね。やっぱり女の子には無条件に愛されたいですから」
突然の性癖暴露する薫子に戸惑う荘介。
奴隷モノと言えば、主人公が奴隷商人から買い手のいない奴隷少女に同情して買うが、現代日本の倫理観を持って召喚なり転生をする主人公は奴隷を奴隷扱いせず女の子として優しく扱うので、その奴隷少女は主人公に心酔し、からは主従を越えた関係になる――というのが定番か。
桜小路薫子はそういうのが好きということか。
――桜小路さんの好みって……?
今までのイメージが崩れ去っていくのを感じる。
「ほ、ほう……」
さしもの阿久根も引いていた。
「なに言ってるか全然わからんぞ……」
由輝斗が状況について行けず戸惑っていた。
「やるじゃん、桜小路」
櫂斗はうれしそうだった。
薫子は目を細めて、櫂斗を見た。
「おやおや、黒崎君もお好きですか? 奴隷ハーレム?」
その問いに、櫂斗は、ニヤリと笑った。
「嫌いな奴、いるか?」
そして、薫子と櫂斗は視線を合わせ――二人大きく頷いた。
なにか、わかりあったようだった。
――僕は別に奴隷ハーレムはそんな好きじゃないんだけどなぁ……
実は悪役令嬢系が好きな荘介は、あえて声には出さずに、胸中で独りごちた。
「いやー、楽しかったですね」
カラオケボックスを出て、充実した表情で薫子は伸びをした。
「本当だな。――だよな、荘介」
櫂斗も満足そうだった。
「そうだね。学校ではそこまで堂々と話せるわけでもないし」
薫子と櫂斗に押されながらも、荘介も結構楽しく過ごすことが出来た。
「……なかなか、良い勉強にはなったな……」
阿久根は苦笑いしつつも、嫌そうではなかった。
「オレは疲れたよ……」
由輝斗は憔悴していた。
薫子だけでなく櫂斗も由輝斗を異世界好きにさせるために、色々と布教していたが、刺さるどころかすっかり疲労してしまったようだ。
たぶん、逆効果だろうな、と荘介は思った。
「この後、どうしましょうか」
薫子が言った。
「解散だよ解散。もう疲れたって」
由輝斗が心底疲れているようだった。
「えー、もう少しなにかしましょうよ」
「嫌だよ」
「そこをなんとか」
「今日は勘弁してくれ。――次の機会があれば行ってやるから」
「わかりました」
薫子は素直に頷いた。
そして、続ける。
「つまりは……また『チーム異世界』で集まってくれるってことですよね」
「………………そうだよ」
「良かったです」
薫子はうれしそうだった。
「では、また皆さんを呼びますね。――予定の調整はこの『チーム異世界』リーダーのわたしにお任せ下さい」
それを聞いて、全員が薫子の方を見た。
そして、お互いに顔を見合わせる。
敢えて口には出さなかったが、皆考えていることは一緒のようだった。
――桜小路がリーダーなんだ……
もっとも、他に適任がいるかというとそうでもない。
異世界好き度で考えれば櫂斗もあるといえばあるが、あまりに適当でリーダーという感じはしない。
荘介としては異論はなかった。
「じゃあ、お願いします、桜小路さん」
「そうだな。桜小路、任せたぜ」
櫂斗はサムズアップしていた。
「異存は無い」
阿久根は頷いた。
「オレはなんでもいいよ……」
由輝斗は観念したように、大きく息を吐いた。
*
楽しい。
桜小路薫子は心底、今日の『会議』を楽しんでいた。
――ついリーダーなんて言っちゃったけど、皆認めてくれて良かった。
リーダー発言は完全に勢いだった。
だが、皆が認めてくれて良かった。
とにかく、『チーム異世界』という関係は続けて行きたかった。
また、こういう場が作れれば、と思う。
「じゃあ、オレ達は行くぜ」
と、由輝斗と阿久根は背を向けて歩き出した。
気になっているのは、由輝斗と阿久根はこの『会議』をどう思っているのだろうか。
正直、異世界にあまり興味ないであろう、二人に無理強いしているのではないか、という思いはある。
実際、戸惑っていたとだろう。
それでも。
『チーム異世界』の五人で集まりたかったのだ。
と――
由輝斗と阿久根が振り返って、こちらを見た。
「またな、リーダー」
それだけ言うと、由輝斗は再び背を向け、歩き出した。
阿久根はそんな由輝斗を見て、やれやれと肩をすくめ、
「なかなか楽しかったよ、じゃあな、嬢ちゃん」
背を向けて由輝斗についていった。
薫子は、そんな二人を見て、心が軽くなるのを感じていた。
「なんとかあの二人も異世界好きにしてやろうぜ、桜小路」
「……できるかなぁ……」
「できるさ。なあ、リーダー」
櫂斗の言葉に、薫子は頷いた。
「そうですね」
さらに櫂斗が付け加える。
「そして、みんなで異世界行こうぜ」
「さすがにそれはないよ、櫂斗……」
「わたしもそれはさすがに……」
「えー」
櫂斗は口をとがらせた。
それを見て、薫子と荘介は笑っていた。
*
一年後、『チーム異世界』の五人が本当に異世界に行くことになるのだが……
それはまだ先の話。