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第七話 火撫由輝斗と桜小路薫子⑥

登場人物紹介

 黒崎くろさき櫂斗かいと:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。異世界ラノベも大好き。無双流の使い手。

 片岡かたおか荘介そうすけ:櫂斗の友人。陰キャオタク。最近、櫂斗とオタク友達になった。

 阿久根あくね孝蔵こうぞう:坊主頭の巨漢。高校生なのにおっさんと思われている。不良達相手に喧嘩の代行業をしていた。櫂斗に敗れた結果、現在開店休業中。

 火撫ほなで由輝斗ゆきと:阿久根と同じ高校の赤毛の少年。櫂斗の幼なじみ。火蜥蜴サラマンダー(笑)。桜小路薫子が自分のせいでさらわれて後悔中。

 桜小路さくらこうじ薫子かおるこ:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗と荘介が楽しそうにオタクトークに花を咲かせているのが気になっていた。偶然、由輝斗と阿久根の二人と関わりを持つことになる。由輝斗の人質として不良にさらわれてしまった。

 黒崎くろさき源斎げんさい:櫂斗の祖父にして無双流の師匠。自称異世界召喚経験者。実は異世界ラノベ好き。


 薫子は、部屋の外から聞こえてくる声が気になって仕方なかった。

 火撫由輝斗は来ているようだが、ここからでは詳細はわからないがもどかしかった。

 見張りがいる中、相手を刺激させるような動きは出来ない。

 なにかをされてしまう――という恐さは、ある。

 だが、それにより、わざわざ助けに来てくれた火撫由輝斗の思いを無にしてしまう、という思いもあった。


「なあ、本当に手を出しちゃダメなんか」

 金髪の男がこちらを舐め回すように見ている。

 怖気おぞけが走ったが、それを表情に出すと余計に喜ばせると思って気丈に耐えた。

「そりゃあな。鈴原の命令だしな」

「別にバレやしないだろ」

「バレたらどうするんだよ」

「大丈夫だろ。だいたい鈴原の奴、火蜥蜴サラマンダーにあっさりやられているじゃねえか。そんな奴に従う必要、あるか?」

「確かにな」

 薫子にとって不穏な会話をしている。

 だが、薫子は由輝斗がどうなっているか気になって仕方なかった。

 と――

 からんと、なにか、音がした。

 視線の先には、見知った顔がいた。

 黒崎櫂斗。

 異世界好きのクラスメイト。

 そして、由輝斗とは幼なじみらしい。

 ――え? 黒崎君……どういうこと?

 薫子は、突如として現れた――ように見えた――櫂斗に驚いていた。

 ――本当に、どういうことなの。

 薫子は突然の事態に混乱していた。

 さっきまでは絶対にいなかったはずの櫂斗がいることが理解できていない。

 そしてなにより不思議なのは、目の前に櫂斗がいるのは確かなのに、気配を感じない。そこに実在しているとは思えなかった。

 不思議な気分だった。

 それは見張りの二人も同じようだった。

「お、お前は……な、なんだ」

「おい、どういうことだ、あいつ、本当にいる(・・)のか?」

「……やっちまった……。――この状況だ。あまり、手加減は出来ないぞ」

 櫂斗は構えを取っていた。

 そして――

 薫子はなにが起きたかわからなかった。

 わかることは――一瞬、櫂斗の姿を見失ったと思ったら、見張りの二人が地面に背中から倒れ込んでいる、という事実だけだった。

 見張りの二人は背中を強く打ち付けたのか、声も出せないでいた。

「ふぅ……。陰の型の後にこれは、疲れるな」

 櫂斗は大きく息を吐いた。

「桜小路。大丈夫だったか」

「う、うん」

「そうか。良かった。これで由輝斗に怒られずに済むな」

「そうだ。あのほ、火撫さんは……」

 薫子の質問に櫂斗は、バツの悪そうな表情をしていた。。

「……今はかなりボコボコにされていると思うが……」

「えっ、そんな」

「大丈夫、由輝斗はそんなヤワじゃない。――あいつ、ちゃんと鍛えてたんだな……」

 なぜか感慨深そうに誰にともなく呟く櫂斗だった。


       *


「ったくしぶとい奴だ」

 鈴原が息を切らせながら毒づいている。

 ――うるせえなぁ……

 土下座を維持しながら、由輝斗は胸中で呟いた。

 もうどれくらい時間が経っただろうか。

 土下座状態で、鈴原から至る所を蹴られ続けていた。

 だが、由輝斗は土下座を崩さなかった。

 崩してしまえば、難癖をつけられ桜小路薫子が無事に済まないかもしれない。

 それだけは避けねばならない。


 さらに時が経ち――

 もう、桜小路は助け出せただろうか。

 その時、ガチャリとドアが開く音が聞こえた。

 桜小路が閉じ込められている部屋の方だ。

「なんだぁ? てめえ」

 鈴原の怪訝な声が聞こえた。

「おい! お前、なんでその女を連れ出してきやがった」

 鈴原のその言葉で状況は理解できた。

 由輝斗は立ち上がった。

 全身を蹴られまくっているが、耐え抜けた。

 これまで鍛えてきたことは無駄ではなかったのだ。

「おせーよ、櫂斗」

 不思議なぐらい、自然に言うことが出来た。

「いや、結構早かったと思うぞ、由輝斗」

「うるせえ。――あの、大丈夫だったか?」

 由輝斗は桜小路の方に視線を移した。

「はい。わたしは大丈夫です。それよりも火撫さんは……」

「こんなのたいしたことねえよ。蚊に刺されたようなもんだ」

「……そうですか……」

 複雑そうな表情をしている、桜小路。

 ――さすがに強がっていることはわかるか。まあ、そんなことよりも……

 由輝斗は鈴原を睨み付ける。

「…………くっ」

 鈴原は分が悪いことがわかっているのか舌打ちをしている。

 目の前には由輝斗。

 後方には、櫂斗――と桜小路。

 そして――

「うまくやったようだな」

「さすが櫂斗……」

 阿久根と荘介も廃工場内に入ってきた。

 鈴原は期せずして囲まれることとなってしまった。

「お、おい、どうするんだよ、鈴原。このままじゃやべえぞ」

 鈴原の後ろにいる茶髪の男が言う。

「その後ろの男の言うとおりだ。もうお前は終わりだよ」

 由輝斗が歩を進め、鈴原と相対する。

「くっ……」

「心配するな。他の奴に手は出させない。タイマンだ。――オレのことが気に入らないんだろ?」

 由輝斗は右足を斜め後ろに下げ、膝を曲げずにピンと伸ばす。

 左足の膝は九〇度に曲げ、上体は背筋を伸ばす。

 左腕は前斜め下に下げ、右腕は肘を曲げ後ろに引く。

 前屈立ちの構えだった。

 とにかくこれから右拳で殴る――そう宣言するような構えだった。

「さあ、来いよ」

 由輝斗は挑発するように、鈴原に言い放つ。

 実のところ土下座のダメージでこちらから仕掛けることが出来ないのだ。

 それ故の待ちの構えだった。

「ふざけやがってぇ! そんなボロボロの野郎に負けるかよ!」

 激昂した鈴原が殴りかかってくる。

 ――相変わらず、落ち着きが足りない奴だ……

 先の公園で一蹴した時と一緒だ。

 こんな拳、当たるわけが無い。

 前に出している左腕で、横に払うように鈴原の拳を受け流す。

 体勢を崩す鈴原。

 受け流すと同時に、右拳を繰り出す。

 由輝斗の正拳上段突きが鈴原の頬に突き刺さった。

「ぐへぇ」

 鈴原は見事に吹き飛ばされ仰向けに倒れ、気絶していた。

 由輝斗は鈴原の取り巻きの一人に視線を向け、

「もう二度とこんなくだらねえことをするんじゃねえぞ。――もし、気に入らねえことがあるんなら、オレのところへ直接来い。何度でも相手になってやる」

「わ、わかった」

 男は上ずった声で答える。

「もし、また桜小路薫子になにかしようとしたら……わかってるな」

「わ、わかったって」

 男は怯えた声を上げながら、うなずいた。


 その後は、男は櫂斗にやられた連中を起こして、気絶したままの鈴原を背負って帰って行った。

 そして、廃工場に静けさが戻る。

「終わったな。まあ、オレはさして出番はなかったがな」

 阿久根が顎に手を当て残念そうにしている。

「……とりあえず無事に終わって良かったよ……」

 荘介がほっとした声を出す。

「あの火撫さん……本当に大丈夫ですか?」

 心配そうな声で桜小路薫子が言った。

「言っただろ。蚊に刺されたようなもんだってよ」

 由輝斗は安心させるように、桜小路薫子に諭すような眼差しを送った。

 そして、今度は視線を櫂斗の方に向けた。

「話したいことがある」

「ああ」

 櫂斗は頷いた。


 由輝斗と櫂斗が真っ直ぐに向き合っていた。

 由輝斗は鈴原に蹴られ続けた影響で立っているだけでもきついが、それを見せないように真っ直ぐ立っていた。

 由輝斗がまず口を開いた。

「助力、感謝する。櫂斗がいなければ、桜小路を助け出すことはできなかった」

「気にすんな。俺だって桜小路のことは放っておけなかったしな」

「そうか」

「そうだよ。――それにしても、由輝斗。さっきのは良い正拳突きだったぜ。空手、やってたのか?」

「…………ああ」

「ただの喧嘩バカじゃなかったんだな。――だったら、何故だ?」

「なにがだ?」

「何故、無双流に(・・・・)入門しなかった(・・・・・・・)? 入門しようとしただろ?」

「どういうことだ?」

 質問の意味がわからなかった。

 由輝斗からしたら、むしろ拒否された側なのだから。

 もしかして――

「『異世界好き』が条件って、マジなのか?」

「当たり前だろ。なんで嘘をつく必要があるんだよ」

 至極真面目な表情で櫂斗が言った。

「いや、だって『異世界好き』って意味わからんだろ。なんで武術を習うのに『異世界好き』である必要がある?」

「あるよ。――なぜかは無双流の理念に関わることでもある。本気で異世界に行きたい(・・・・・・・・)と思うぐらい好きでなければならんのよ」

「わけがわからねえ」

「入門してから好きになってくれても良かったんだ。それなのにあっさり諦めやがって……。そんな奴と闘り合う(・・・・)なんてゴメンだね」

「……もしかして、前に闘いたいって言った時、断られたのは……」

「そうだよ。拗ねてたんだよ。無双流に入門してくれたらいくらでも組手してやったのによ……」

 櫂斗は頬を膨らませ横を向いた。

 ――そうか、そういうことだったのか。

 由輝斗は櫂斗に立ち会いを拒否された際、櫂斗に突き放されたように思え、距離を取ってしまった。詳しく話を聞くこともせずに。幼なじみなのだから、もっと話し合えば良かった。

「はははっ」

 思わず笑い出してしまった。今まで胸の奥で淀んでいたなにかがすっと消えていくのを感じた。

 櫂斗が目を丸くしている。

「櫂斗」

「……なんだ?」

ここ(・・)で、闘ろうぜ」

 由輝斗の提案に、櫂斗は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに頷いた。。

「……わかった。だが、その身体で大丈夫か? 次の機会でもいいんだぞ」

「抜かせ。櫂斗だって、随分疲れているみてえじゃねえか。その『気』とか言うのを使って消耗してるんだろ」

「そうだな。――じゃあ、さっさと終わらせようぜ」

「同感だ」

 由輝斗と櫂斗は少し距離を取り、向かい合った。

 互いに不敵な笑みを浮かべながら。


       *


「存外、面白い展開になったな」

 阿久根が興味深そうな顔をしている。

「え、ちょっとこの二人がいまさら立ち会うの? どういうこと?」

 荘介が戸惑っている。

 そして薫子はと言うと――

「…………」

 薫子は向かい合う二人を見て目が離せなかった。

 薫子が不良にさらわれたことをきっかけに始まった今回の『事件』はようやくの解決を見た。

 これで大団円という所で――二人の一対一の勝負が始まる。

 それは、火撫由輝斗が望んでやまなかった対決だった。

 由輝斗の表情には、校門前で見せていた敵愾心は微塵もなかった。

 櫂斗もようやく言いたいことを言ったという感じですっきりとした表情をしていた。

 そこにはもう、わだかまりも感じなかった。

 二人ともとても良い表情をしているな、と薫子は思った。

 お互い言いたいことを言い合ったことが良かったのだろう。

 そう――

 思いは言葉にしなければ、伝わらないのだから。

 薫子は密かに決意した。


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