第五話 火撫由輝斗と桜小路薫子④
登場人物紹介
黒崎櫂斗:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。異世界ラノベも大好き。無双流の使い手。
片岡荘介:櫂斗の友人。陰キャオタク。最近、櫂斗とオタク友達になった。
阿久根孝蔵:坊主頭の巨漢。高校生なのにおっさんと思われている。不良達相手に喧嘩の代行業をしていた。櫂斗に敗れた結果、現在開店休業中。
火撫由輝斗:阿久根と同じ高校の赤毛の少年。櫂斗の幼なじみ。火蜥蜴(笑)。櫂斗と闘いたかったが拒否られた。
桜小路薫子:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗と荘介が楽しそうにオタクトークに花を咲かせているのが気になっていた。偶然、由輝斗と阿久根の二人と関わりを持つことになる。
黒崎源斎:櫂斗の祖父にして無双流の師匠。自称異世界召喚経験者。実は異世界ラノベ好き。
鈴原に一人で来いと言われた直後のこと。
「そうか。本当にちょっと話しただけなんだな。怒鳴って悪かったな、由輝斗」
事情を聞いた櫂斗は謝罪した。
由輝斗は首を振る。
「いや、オレがすべて悪い。――お前と闘うことばかり考えて、安易に南城高校に来てしまったのが悪い。不良どもに恨みを買っていることは知っていたんだからな。責任はとる。あの桜小路――」
「桜小路薫子だ」
「桜小路薫子はオレが必ず助ける。オレがどうなろうが、な」
「そうなると、オレの責任も重くなるな。そもそもここに来ると提案したのはオレだから。あのお嬢ちゃん、オレみたいな男に普通に話しかけてくれたんだ。助けてやりてえな」
阿久根も会話に参加してきた。
「阿久根……その申し出はありがてえが、アイツはオレに一人で来いと言った」
「バカ正直に行く必要はあるまい」
阿久根の言葉に、由輝斗は首を振る。
「ダメだ。それをして相手を刺激しちまったら大変だ」
「だが、無策で行ってもどうにもならんぞ」
「おっさんの言うとおりだぜ、由輝斗」
櫂斗が阿久根に同意した。
「櫂斗」
「変わってないって言ったのは訂正するよ」
続けて櫂斗は由輝斗に言い放つ。
「変わったな、由輝斗。いいぜ、お前。――俺も協力する」
正直、櫂斗が自分のことをどう変わったと感じているのかは、よくわからない。
だが、協力してくれる、その一点がありがたかった。
「……そうか。助かる……が、どうする? 結局人質にとられているという問題は変わらないぞ」
「大丈夫だ。由輝斗、お前があいつらの気さえ引いてくれれば、俺が助ける。――いけるか?」
櫂斗はそんなことを堂々と言ってきた。
だが、櫂斗なら、できるのだろう。
その信頼は、あった。
「当たり前だ」
「じゃあ、行くぜ」
「わかった」
由輝斗は頷く。
「オレにもできることはあるか?」
「ぼ、僕もなにかできることがあれば……」
阿久根と櫂斗の友人――荘介という名前だったか――が言った。
「頼む」
由輝斗は二人に頭を下げた。
まだ、なにをしてもらうかはわからない。
だが、櫂斗に来てもらう時点で、鈴原の約束を反故にしてしまっている。
ならば、二人でも三人でも四人でも同じだ。
人数は多い方が良い。
「珍しく、素直だな……」
阿久根が戸惑っていた。
「う、うん」
荘介も頷く。とても喧嘩をしそうには見えないのに――ありがたいと思った。
櫂斗がせかすように手を振る。
「こうしている時間がもったいない。いこうぜ、由輝斗。作戦は、向かいながら話す。なあに、やることはシンプルだからよ」
「ああ」
「おう」
「……うん」
四人は鈴原が指定した場所――廃工場へ向かった。
*
空が赤みを帯び始めた頃。
火撫由輝斗は、一人、廃工場の塀に囲まれた入口を抜ける。
入口には門は既になく、難なく素通りできた。
入り口を入ってすぐに廃工場はあった。
工場はそれほど大きくはない。
五〇人も従業員はいない――小工場だった。
工場のシャッターは開け放たれており、中が丸見えだった。
鈴原たちの姿はまだ、見えない。
広々とした、場所だった。
以前は様々な機材があったのだろうが、今はなにもなく、広々としていた。
奥の方には事務所らしき部屋があった。
「来たぜ! 早く出てこい!」
由輝斗は叫んだ。
すると、その奥にある部屋のドアが開いた。
「よく来たな、さすがと褒めてやるよ」
公園で回し蹴り一発で仕留めた男――鈴原が下卑た笑みを浮かべ、現れた。
鈴原の後ろには取り巻きの一人が付いてきていた。
「約束通り、一人で来たぜ。――彼女はどこだ?」
「ふん。女ならそこの奥の部屋にいるさ」
「まさか、彼女に手を出してないだろうな」
「ああ、安心しろ、こいつらにもそれはさせないでいる。――だが、お前の態度次第ではどうなっても、知らないぜ」
「早く解放しろ。お前の目的であるオレは来たぞ」
「そうはいかない。そんなことをしてしまったら、そのまま逃げるつもりだろう?」
「そんなダセーことはしねーよ」
「信用できねえな」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ」
「土下座しろ。そして、俺に謝罪しろ。『不意を突いて攻撃してしまい申し訳ありません』ってな。――オレがいいと言うまで、土下座を維持しろ」
「それをすれば、解放してくれるのか?」
「考慮しよう」
「……こいつ……」
薫子の解放を確約しない鈴原にいらだちながらも、由輝斗に選択肢はなかった。
事務所のドアの前には鈴原の取り巻きが二人いて、侵入を拒んでいる。
公園で会った時、鈴原を含めて六人組だったことを考えると、残り二人は、部屋の中にいるのだろう。
強引に助けることは、難しい。
「わかった」
やはり、素直に解放してはくれないか。
奥の部屋にいるのであれば、不意を突いて助けることすら出来ない。
「そうかそうか。じゃあ、早くやれ」
鈴原は心底うれしそうな笑みを浮かべ命令した。
由輝斗は鈴原を睨み付けた。
「彼女に絶対に手を出すなよ。指一本でも触れやがったら、地の果てまで追いかけても後悔させてやるからな」
由輝斗は廃工場のコンクリートの地面に膝をつく。
鈴原が歓喜の表情が見えた。
膝をつき、由輝斗は土下座をした。
「不意を突いて攻撃してしまい申し訳ありません」
由輝斗は鈴原の言った通りに謝罪の言葉を述べた。
屈辱感はあるが、今は桜小路薫子を助けることが先決だ。
躊躇なんてしていられない。
「ひひっ」
鈴原の狂気じみた笑い声。
「よし、そのまま動くなよ」
そんな鈴原の言葉と共に足音が聞こえた。
「おらぁ!」
鋭い衝撃が脇腹を貫いた。
サッカーボールを蹴るように大きく振りかぶっての、蹴りだった。
息が一気に詰まり、肺が押しつぶされたように空気が出て行かない。
そのまま倒れ込みそうになるが、耐える。
土下座を崩すわけにはいかない。
「そうそう。土下座を維持していろ……よ!」
今度は逆の脇腹を蹴られる。
だが、土下座は、崩さない。
こんな程度の蹴りでやられてたまるものか。
と――
頭部に衝撃。
視界が白く弾けた
次は頭を蹴られたようだ。
痛みに加えて、めまいがする。
脳震盪でも起こしたか。
それでも――
由輝斗は土下座を維持した。
「てめえ」
鈴原が声音にいらだちが混じる。
「頼む。彼女を解放してくれ」
今の由輝斗はそれしか出来なかった。
それが無関係の人を巻き込んでしまった報いだった。
だが、希望はある。
本当にそんな事ができるのかは、にわかには信じがたい。
だが、櫂斗ならば――かつて道場で見た無双流ならば、できるやもしれない。
――頼むぜ、櫂斗……