第四話 火撫由輝斗と桜小路薫子③
登場人物紹介
黒崎櫂斗:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。異世界ラノベも大好き。無双流の使い手。
片岡荘介:櫂斗の友人。陰キャオタク。最近、櫂斗とオタク友達になった。
阿久根孝蔵:坊主頭の巨漢。高校生なのにおっさんと思われている。不良達相手に喧嘩の代行業をしていた。櫂斗に敗れた結果、現在開店休業中。
火撫由輝斗:阿久根と同じ高校の赤毛の少年。櫂斗の幼なじみ。火蜥蜴(笑)。櫂斗と闘いたかったが拒否られた。
桜小路薫子:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗と荘介が楽しそうにオタクトークに花を咲かせているのが気になっていた。偶然、由輝斗と阿久根の二人と関わりを持つことになる。
どういうことだ。
由輝斗は、櫂斗を睨み付ける。
櫂斗はそんな視線を微風とも感じていないのか受け流している。
――なに言ってやがる……
由輝斗と櫂斗は幼なじみだった。
小学校高学年の頃にクラスメイトになり、それからの付き合いだった。
当時から異世界バカであった櫂斗の趣味は理解できなかったが、意外なほど気はあっていた。
櫂斗が自宅にある道場で、『無双流』なる武術を幼少の頃から習っているのを知ってはいた。
だが、さして興味はわかなかった。
既に中学生相手でも喧嘩負け知らずだった由輝斗は、そんな習い事みたいなモノと思っていたので興味は無かった。
だが、それは違った。
それは、櫂斗の自宅に遊びに行った時だった。
櫂斗は道場で祖父の源斎と組手をしていた。
由輝斗はその様子を見て、そのあまりの凄絶さに衝撃を受けた。
とんでもないものを見てしまった、と思った。
自分がやっていた喧嘩など、その組み手と比べればお遊戯のようなものだった。
由輝斗は、その場で『無双流』に入門させて欲しいと、源斎に言った。
だが、無双流を習うためには条件があった。
それは『異世界好き』であること、というまるで冗談のような理由だった。
やんわりと拒否をされた、と判断した由輝斗は入門を諦めた。
無双流を習うことを諦めた由輝斗だったが、それはそれとして見事な組手を見せつけてきた櫂斗と憧れに近い感情を持っていた。
同世代にあれほどの者がいるのか、と。
だが、今のままでは勝ち目はないのはわかっていた。
だから、自分なりに強くなろうとした。
身体を鍛え、空手の師範をやっている叔父に教えを請うた。
とにかく必死だった。
数年が経ち、由輝斗も中学生になった。
身体も鍛え、喧嘩でも負け知らずとなっていた由輝斗は、櫂斗と闘いたいと思うようになった。
同じ中学になっていた櫂斗に、それを言うと――あっさり断られたのだ。
「俺はそんなことに興味は無いんだって。俺には大きな目標があるんだよ。――それに、無双流を道場以外で使うのは御法度なんでな」
そんな櫂斗の言葉に、由輝斗はショックを受けた。
それからは櫂斗と絡むこともなくなった。
その代わり、不良連中からよく絡まれるようになった。
やけになっていた由輝斗はそれらを返り討ちにしている内に、不良界隈で有名人になってしまったのだ。
叔父の道場にも通わなくなっていた。
髪を赤く染めたのもその頃だった。
どうせなら目立ってやる。
そう思ってのことだった。
そして、時は戻り。
由輝斗と櫂斗が対峙をしている。
由輝斗は櫂斗を睨み付けているが、櫂斗は目を合わせずやれやれと言った感じで、嘆息している。
それが、勘に障った。
「じゃあ、今ならやってくれるってことだよな」
「……そーいうことじゃないって。――ガキの喧嘩には興味が無いんだって」
「なら、なんで阿久根のおっさんとは闘ったんだよ」
由輝斗は阿久根を指さした。
「あれは成り行きだよ。荘介がカツアゲされていたんでな」
櫂斗が隣にいる少年を親指で指さしながら言った。
「櫂斗……」
櫂斗は続ける。
「できれば、話し合いで済ませたかったんだが、そこのおっさんが出張ってきてな。――仕方なしに闘っただけだ」
「おいおい、オレは高校生だと言っているだろう」
阿久根がなにか言っているが、無視した。
由輝斗は、櫂斗を睨み付けた。
「じゃあ、オレがそこの隣の奴をボコそうとしたら――どうだ」
視線を隣のいる少年――荘介と言うらしい――に視線を移した。
荘介とやらは、由輝斗の視線に「ひえっ」と怯え声を漏らす。
「由輝斗。本気で言ってんのか?」
櫂斗は真剣な表情で由輝斗を見た。
空気が変わった。
凄まじい圧力が櫂斗の内から吹き出してくるかのようだった。
――ようやくか……
由輝斗は、櫂斗が初めて自分のことを見てくれた、と思った。
それがプラスの意味でなくとも――由輝斗は歓喜した。
「ああ、本気に決まってるぜ」
「…………ふーん……」
櫂斗が鋭い視線を向けてくる。
「さあ、闘ろうぜ」
拳を突き出し、櫂斗に向かって宣言した。
だが――
櫂斗の内から吹き出していた圧力が消えた。
「やらない」
櫂斗が小さく嘆息しながら、言った。
「どうしてだよ」
「……由輝斗。お前が、変わってないからだよ」
「は? 意味がわからねえ」
「お前はそんな事ができる奴じゃないってことだ。――悪ぶっていてもわかる。いくら大事な目的があったとしても卑怯な真似ができるような男じゃない」
「…………そんなことは……ない」
由輝斗は絞り出すように答えた。
「あるさ。これでも幼なじみだ。わかるよ」
「…………ちっ」
由輝斗は舌打ちをする。
――くそったれ……
完全に図星を突かれている。
「もうやめようぜ。――せっかく久々に会ったんだから。どっかでゆっくり話そうぜ」
「うるせえ! お前と話すことなんか――」
「おい、火撫」
突然、阿久根が割り込むように声をかけてきた。
「ああ、なんだよ! 邪魔するな」
「オレとしてもそのつもりだったが……」
その声音は、いつもの余裕たっぷりなものではなかった。
「どうした?」
「さっき、オレたちと話していたお嬢ちゃんが……いないんだ」
「どういうことだ」
「さっきまでは、間違いなくそこにいたんだ。だが、今はいない」
「別に不自然なことはないだろう。単に帰っただけだろ」
「それならいいんだがな……」
と、阿久根が視線を別の方向に向ける。
下卑た笑みを浮かべた男がいた。
阿久根と同じ嵐山高校の制服を来た男だ。
男がこちらに近づいてくる。
かすかに見覚えのある男だった。
「お前、さっき公園で絡んで来やがった……」
男は公園で由輝斗らに絡んできた不良連中のリーダー格の男――鈴原だった。
「お前の女は預かっている。――返してほしくば、指定の場所に来い」
「なに言ってやがる! オレはあの女と関わりなんかねーぞ。さっき会ったばっかりだ」
「知ってるよ。だがな。火蜥蜴さんなら見捨てたりしないだろ。――ここじゃ騒がしくていけねえ。絶対来いよ。一人でだ。お仲間なんか連れてくるなよ」
鈴原は場所を伝えると、この場を去って行った。
「おい! どういうことだ、由輝斗。桜小路があいつに捕まっているって。だいたい桜小路とどういう関係だよ」
「……知らねえよ、オレだって……」
詰め寄る櫂斗に、由輝斗はそう吐き捨てるしかなかった。
なにしろ、本当に知らないのだから。
桜小路という名前も今知ったぐらいだ。
――巻き込んじまった……
後悔の念に苛まれる由輝斗だった。
*
――と、とんでもないことになっちゃった……
桜小路薫子は胸中で独りごちるしかない状況になっていた。
薫子は、廃工場の中で、学生服姿の男性に囲まれていた。
不良高校として有名な嵐山高校の制服だった。
男達は、薫子を取り囲みながら下卑た笑みを浮かべていた。
――なんでこんなことになっちゃったの……
この状況になった原因を思い出す。
南城高校の校門前。
桜小路薫子は、赤毛の少年――由輝斗と、クラスメイトで複雑な思いを抱えている黒崎櫂斗とのやりとりを見ていた。
話を聞いて、二人が幼なじみで、由輝斗の方が櫂斗と喧嘩みたいのをしたいようだが、櫂斗が断っているようだ。
――どうなるんだろう……
薫子はその行く末が気になってしまい場を離れることができずに、行く末を見守っていた。
それ故に、周囲に対して警戒心が薄れている部分もあった。
「なあ、あんた。そこの赤髪の男と知り合いだよな。――ちょっと来てもらうぜ」
突然、見知らぬ男達に声をかけれられた。
学生服姿の男達だ。
一瞬、薫子と同じ南城高校の生徒かと思ったが、校章を見て違うことがわかった。
阿久根と呼ばれた大男と同じ――不良高校として有名な――嵐山高校の生徒だった。
「え? え?」
突然のことで、腕を捕まれてもまったく抵抗できなかった。
「なあに。大人しくしてれば、痛い目に遭わせないでやるよ。――大人しくしていれば、な」
「……………………」
恐怖にすくんで、声が出せなくなってしまった薫子は頷くことしか出来なかった。
そうして、薫子は近くにある廃工場の奥の部屋に連れてこられていた。
おそらく事務所的な用途で作られた部屋なのだろう。
机には古びたパソコンが誇りを被ったままそのまま置かれている。
薫子はそんな奥の部屋のさらに奥まった場所に座らされていた。
幸い拘束はされていないが、下卑た笑みを浮かべた連中に囲まれている。
どうやら、薫子は由輝斗に対する人質として使うつもりのようだった。
――なんでそうなるの?
薫子は胸中で叫ぶ。
彼らのターゲットの由輝斗とは先程会って、少し話しただけの関係だ。
友人どころか、知人とすら言えない。
それなのに、彼の人質として捕まっているというのは、普通ではなかった。
そもそも自分が人質として価値があるとは思えなかった。
幸いなのは、標的である由輝斗が来るまでなにかをするつもりはないことだ。
リーダー格の男――確か、鈴原と呼ばれていた――が薫子に対してこう言っていたのだ。
「おい、女。逃げようと思うなよ。大人しくしているのなら、すべてが終わったら帰してやる」
恐くて声も上げられない薫子は、頷くしかなかった。
周囲の男達は不満の声を漏らしていたが、鈴原には逆らえないようだった。
「あの時は油断をしたからやられちまっただけだ。――絶対に許さねえ」
鈴原は怒りに顔を紅潮させていた。
そんな鈴原に周囲は引くほどだった。
薫子は思う。
赤毛の少年は、薫子のためにわざわざ来てくれるのだろうか。
ほんの僅かしか会話をしていない相手のために、やってくるだろうか。
来たら間違いなくとんでもない目に遭ってしまうと言うのに。
だが。
薫子は恥ずかしそうに顔を赤らめていた由輝斗の表情を思い出す。
――でも、彼はきっと来る……
それは確信に近い思いだった。
彼は、間違いなく、いい人なのだから。
そして――
赤毛の少年――火撫由輝斗がやってきた。