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第二〇話 御巫詩穂美の憂鬱⑪完

登場人物紹介

 御巫みかなぎ詩穂美しほみ:櫂斗の幼なじみ。櫂斗とは一緒に異世界に行こうと約束を交わした仲だった。今は全寮制の光華学園に通っている。櫂斗と本気の組手をすることでわだかまりはすっかり消えたが、組手に負けたことは本当に悔しいと思っている。別作品『義妹できました』にも登場しています。

 黒崎くろさき櫂斗かいと:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。無双流の使い手。詩穂美とは同門であり物心ついた頃から一緒の幼なじみ。『チーム異世界』メンバー。

 火撫ほなで由輝斗ゆきと:櫂斗の幼なじみ。最近は、空手の師匠である叔父に再び稽古をつけてもらっている。『チーム異世界』メンバー。

 黒崎くろさき源斎げんさい:櫂斗の祖父にして無双流の師匠。自称異世界召喚経験者。実は異世界ラノベ好き。

 ――馬鹿になれ……か……

 詩穂美は、しみじみと独りごちた。

 すっかり日も落ちた頃。

 詩穂美は光華学園の敷地の端の方にある雑木林にいた。

 ここは人気(ひとけ)もなく、トレーニングをするには最適な場所だった。

 詩穂美は、光華学園のジャージ姿だった。

 汚れた制服は、すぐにクリーニングに出している。

 代わりの制服はあるので、明日の授業に差し障りはなかった。

 汚れた制服のままで寮に戻った時は、さすがに驚かれた。

 理由については、不良達や幼なじみとバトルしていたなんて言えるわけもないので、『道で転んでしまって……』と説明した。

 さすがに苦しい言い訳かな、と思ったが、寮長――木村(きむら)涼子(りょうこ)は、疑うことなく納得してくれた。

 それどころか、『ケガしてない?』など心配までしてくれた。

 それには、さすがの詩穂美も、罪悪感を感じてしまい、

 ――ゴメンね。涼子さん。後でケーキ差し入れするから。

 と、心の中で手を合わせ、謝った。


 詩穂美は雑木林でゆっくりを呼吸をしながら、精神を集中させる。

 すでに時刻は二〇時を過ぎていた。

 光華学園では敷地内であっても門限が存在しており、一九時以降は、寮を出ることは禁止されていた。

 では、なぜ詩穂美は外にいるのかというと――

 こっそり外出をしているからだ。

 玄関から出ようとするとバレてしまうので、部屋のベランダから、飛び降りて(・・・・・)、寮の外に出ていた。

 危ないと思われるかもしれないが、問題なかった。

 詩穂美の部屋は、寮の二階(・・)だからだ。

 ――さすがに、四階だったら、面倒(・・)だったけど、本当に部屋が二階で良かった……

 無自覚にそんなことを独りごちる詩穂美。

 今日は、不良達、由輝斗、そして櫂斗と闘り合ったので、正直疲れていた。

 だが、今日の内に試してみたいことがあったので、トレーニング場所である雑木林に来ていた。

 構えを取り、精神を集中する。

 意識を全身に行き渡らせ、『気』を感じ取ろうとしていた。

「………………」

 目をつむり、ひたすら集中する。

 だが、相変わらず『気』を感じ取ることはできなかった。

 ――まあ、そうだよね……

 それは、いつもと終わらない結果。

 だが、詩穂美に、焦りはなかった。

 現状を素直に受け入れられるようになったからだ。

 余計な事を考えず、上手くいけばラッキー程度の気持ちでいるように心がけた。

 無論、そんなすぐに結果が出るとは思っていない。

 それでも、昨日までの自分と違い、気持ちが軽くなっていた。

 無双流は『練気術』だけではない。

 これまで無双流の多くの技を身につけてきたのだから、使えない技がひとつぐらいできないことがあってもいい。

 ようやく、そう思えるようになった。

「…………………………」

 どれだけ、時間が経っただろうか。

 時間の感覚が薄れていく気がする。

 いつもと違い、集中しながらもリラックスが出来ている気がした。

 季節は初夏。

 昼間は暖かいが、夜になると結構肌寒くなる。

 ――寮に帰ったら、暖かい風呂に入りたいな……

 集中しつつも、益体もないことが頭をよぎる。

 これは、集中していると言えるのだろうか、などと思う。

 ――まあ、いいか……

 どうせ、ダメ元(・・・)でやっていることだ。

 詩穂美は深く考えるのを、やめた。

 ――そういえば、『チーム異世界』とか言っていたわね……

 どうやら、由輝斗に桜小路薫子だけではなく、櫂斗もメンバーらしい。

 正直、活動方針はよくわからなかったが、なんだか楽しそうだな、と思った。

 ――今度、わたしもチームに入れてもらおうかな……

 詩穂美自身、異世界モノの作品も大好きだし。

 光華学園にいる限り、気軽に外には出られないので、臨時メンバーにでもしてもらおうか。

 などと、とりとめのないことを考えていると――

 ――ん?

 なにか(・・・)を感じた。

 自分の内にある、これまで感じたことがない力の奔流を感じた。

 ――まさか……これが……『気』?

 詩穂美は、慌ててその未知の力の奔流を丹田に集めるべく集中する。

 が。

 気づいた時には、すべて霧散してしまった。

 ――あ……しまった……

 どうやら、実際に『気』を感じ取れたことで、逆に雑念が入り、集中を乱してしまったようだ。

「やった……」

 詩穂美は、万感の思いを込めて、つぶやく。

 まだ、ほんの僅か感じ取れただけではあるが、それでも前に、進んだ。

 道のりはまだ遠いが、確実に一歩を踏み出すことができたのだ。

 詩穂美は、強く握りしめた両手をVの字に突き上げた。

「やっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 静かな雑木林に、詩穂美の無邪気な叫びが響き渡るのだった。


「ふぅ……」

 詩穂美は、自室のベッドに横たわりながら、くつろいでいた。

 あの後、詩穂美の叫びを聞きつけ誰かに見られたら困るのですぐに寮に帰った。

 行きは、ベランダから飛び降りるだけ(・・)で、楽なのだが、帰りは寮の壁(・・・)を登らなければならないので、少々(・・)面倒くさい。

 まあ、光華学園の寮は掴みやすい部分も多く、割と登りやすくて助かっていた。

 その後、大浴場で風呂にも入ってすっかり暖まった。

 このままベッドでゴロゴロしていると寝てしまいそうだ。

 明日の授業の予習もしなければならないので、寝るわけにはいかないのだ。

 と――

 机にあったスマートフォンが鳴動した。

 詩穂美は起き上がると、スマートフォンを手に取った。

「もしもし」

『今、大丈夫? 詩穂美』

「ちょうど、お風呂に入ってゆっくりしてたから大丈夫よ。玲香(れいか)

 電話を掛けてきたのは、親友の神楽坂(かぐらざか)玲香だった。

 中学時代に知り合い、色々(・・)あって親友になった間柄だ。

 中学卒業してからは、なかなか会うことはできていないが、不定期ではあるが通話はしていた。

「高校はどう? そろそろ友達できた?」

 詩穂美は、美人過ぎることで近寄りがたくなってしまい、友達がほとんどいない親友を心配して、言った。

『……大きなお世話よ。――まだ高校入学して半年も経っていないのだから、焦る必要はないわ』

「……スタートダッシュって結構重要じゃない?」

『いいのよ。私には私のペースがあるんだから』

「……ならいいけど……」

『詩穂美の方はどうなのよ。――詩穂美はお嬢様なんてガラじゃないし、苦労しているでしょ』

「お生憎様。入学して数ヶ月で、校内一の人気者になってるんだから」

 詩穂美は、ふふん、得意げに言う。

 ――まあ、正直、そんなつもりはなかったんだけどね……

 入学当初、校則に厳しすぎる教師と大立ち回り(・・・・・)した結果、不本意ながら名前が売れてしまったのだ。

『嘘よ』

「嘘じゃないって。――今や、『校内お姉様ランキング一位』になってるんだから」

『なんで、一年の詩穂美が、お姉様ランキングに入っているのよ……』

「…………そんなの知らないわよ。――正直、上級生からもキャーキャー言われて困ってるんだけどね……」

『……詩穂美は詩穂美で苦労しているのね……』

「そうよ。だから、もっと労りなさい」

『はいはい、わかったわよ……』

「返事に心がこもってない」

 そんな感じで、いつものようにたわいのない会話をする。

 詩穂美はこの時間が好きだった。

 今日は特に色々あったので、こういう時間は貴重だった。

『詩穂美……なにか良いこと(・・・・)あった?』

 玲香が、意図のわからない質問を投げかけてきた。

「どういうこと? 玲香」

『いえ……なんだか、楽しそうだから……』

「…………なに言ってるのよ。いつもこんなもんでしょ」

「基本はそうね。でも、たまにだけど、声に元気がない時(・・・・・・・・)があったから……』

「………………」

 玲香に指摘されて、絶句する。

 それは、『気』がどうしても使えないことで、荒れていた時期のことだろう。

 玲香には、気づかせないようにしていたつもりだが、親友にはバレバレだったようだ。

『もしかして……なにか解決した?』

「…………うん、まあ、そんなところ」

『……良かった。黒崎君とうまくいった(・・・・・・)のね』

「は? なんでそうなるのよ」

 突然、妙なことを言ってくる玲香に抗議する。

 どうも、玲香は自分と櫂斗の関係を勘違い(・・・)している気がする。

『だって、あなたの悩みって、黒崎君がらみばかりじゃない』

「……別に。アイツとはただの幼なじみだって言ってるでしょ」

『本当?』

「そうよ」

『……まあ、そういうことにしておくわ』

「そうしといて」

『なんにせよ、詩穂美が元気になって良かったわ』

 玲香の声音は、とても優しげだった。

 なんだかんだ言っても、玲香は心配してくれていたのだ。

「そうね。ありがと、玲香」

 素直に感謝する。

『どういたしまして』

 と、玲香の声を聞いていて気づいたことがある。

「……玲香もなんだか機嫌よさそうじゃない?」

『わかる? 実は、母さんに気になる男性(ひと)ができたみたいなのよ……』

「もしかして、再婚もあるとか?」

『そうね。もう何回かデートしているみたいだし。あり得るわね。――それで、その男性の子供に、私と同い年の男の子(・・・・・・・・・)がいるみたいなのよ……』

「へえ、詳しく聞かせてよ」

 親友同士の通話は、夜が更けるまで続くのだった。


       *


 あれから一月が経った。

 火撫由輝斗は、黒崎櫂斗の道場で組手をしていた。

 だが、いつものように一撃当てることもできずに、畳に叩き付けられていた。

「くっそー、ダメかぁ」

「いや、随分良くなっているぜ。――後先考えない攻めもやらなくなってるし。強くなってるよ、由輝斗は」

「ちぇっ、上から目線で言いやがって」

 だが、由輝斗の櫂斗の間にはそれだけの差があった。

 ――いつかは、追いついてやるからな……

 そんなことを考えていると、道場の入口に人影が見えた。

 お嬢様学校で有名な光華学園の制服を来た少女だ。

 御巫詩穂美だった。

 詩穂美は、一礼すると道場に入ってきた。

 そして、詩穂美は道場の床の間の近くで正座をしている白髪の老人――黒崎源斎の元に向かった。

 詩穂美は丁寧な所作で正座をし、頭を下げる。

師匠(せんせい)、道場に来ることが出来ず、申し訳ありませんでした」

「なんの事じゃ? 詩穂美。お前は、光華学園とか言う全寮制の高校に進学したんじゃろう? 道場に来れなくても仕方なかろう」

 源斎は、なにを言っているんだ、と首を傾げて見せた。

「違うんです。本当はそれが理由なんかじゃ――」

「詩穂美」

 源斎は、詩穂美の言葉を遮った。

「え?」

「よく、頑張ったな」

 源斎は、優しく、言った。

「え?」

「詩穂美が『気』を使えないことについて悩んでいたことはわかっておった。だが、使える側(・・・・)である儂がなにを言ってもお前を納得させることは無理じゃった」

師匠(せんせい)……」

「だが、もう大丈夫なようじゃな」

「はいっ!」

 詩穂美は目を潤ませながら返事をした。


 師との対面を終え、詩穂美がこちらにやってきた。

「来たか」

「ええ、この前のリベンジをさせてもらうからね、櫂斗」

「それは楽しみだ」

 櫂斗はにっと笑った。

 詩穂美は、視線を由輝斗の方に向け、

「火撫。あんたとも組手やるからね。――もう、あんたに弱い(・・)だなんて言わせないから」

「……御巫、お前、あの時言った事、まだ根に持ってやがったのか」

「当然よ。覚悟しなさいね」

「はいはい。わかったよ……」

 由輝斗は、詩穂美のネチっこさに呆れた。

「詩穂美、道着は持ってきたんだろ、早く着替えてこいよ」

 櫂斗は待ちきれないようだった。

「そうね……でも、櫂斗が望むなら、また、この制服姿のまま組手してあげてもいいけど? わたしのパンツ、見たいでしょ?」

 詩穂美は、悪戯っぽく笑った。

「んなわけあるかっ!」

 櫂斗は、顔を真っ赤にして絶叫した。

「冗談よ。――まったく、ガキなんだから……」

 詩穂美は、にやにやと笑いながら更衣室に入っていく。

「詩穂美ぃ……絶対に泣かすっ!」

「……やれやれ……」

 騒がしい幼なじみ二人を眺めながら、由輝斗は肩をすくめていた。

登場人物紹介2

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:詩穂美の親友。中学時代の同級生。別作品『義妹できました』のヒロイン。せっかくなんで特別出演してもらいました。

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