第一八話 御巫詩穂美の憂鬱⑨
登場人物紹介
火撫由輝斗:櫂斗の幼なじみ。最近は、空手の師匠である叔父に再び稽古をつけてもらっている。『チーム異世界』メンバー。
黒崎櫂斗:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。無双流の使い手。詩穂美とは同門であり物心ついた頃から一緒の幼なじみ。『チーム異世界』メンバー。
御巫詩穂美:櫂斗の幼なじみ。櫂斗とは一緒に異世界に行こうと約束を交わした仲だった。今は全寮制の光華学園に通っている。なぜか不良相手になにかを考えているようだが……。別作品『義妹できました』にも登場。
桜小路薫子:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗たちと友達になり、『チーム異世界』を結成した。
詩穂美と櫂斗の組手は、さらに激しさを増していた。
だが、お互い決定的な一撃を加えることは出来ていなかった。
もうどのくらい闘り合っているだろうか。
詩穂美は、闘いながら、時間の感覚が薄れ始めていた。
道場の組手では、ここまでの状況になって事はなかった。
疲れはある。
だが、それ以上の充実感が身体を動かしていた。
こんな時がずっと続けば良いのに、とも思う。
と――
「だっ!」
櫂斗の攻撃が来る。
胴狙いの中段回し蹴り。
詩穂美は、バックステップで躱そうとした。
だが――
間に合わず、腕で受けるしかなかった。
「くぅっ」
ブロックはしたが、櫂斗の強烈な蹴りにダメージを受ける。
「まだまだぁっ」
櫂斗の怒濤の攻めが続く。
――どうして……
詩穂美は防戦一方になる。
さっきまでは、完全に互角だったのに。
疲れで、こちらの速度が落ちたか。
いや――
――違うっ!
詩穂美は、懸命に櫂斗の攻めを受け続けながら、胸中で叫んだ。
櫂斗の攻めが――さらに苛烈になっているのだ。
詩穂美とて、疲れてはいるが先程までと変わらない動きは出来ていた。
だが、櫂斗は違った。
この疲労が溜まっているであろう、今、さらにギアを上げているのだ。
信じられなかった。
「おらおらぁっ!」
櫂斗は、不敵に笑みを浮かながら、攻め立ててくる。
その表情は、詩穂美との組手を心底楽しんでいるようだった。
――こっちはもう限界だってのに……
嵐のような櫂斗の攻めに、詩穂美は徐々に押されていた。
そして――
詩穂美は、このまま防戦一方では埒があかないと思い、前に出る。
なんとか手を取れれば――チャンスはあるはず。
詩穂美は、手を伸ばし、櫂斗の手首を掴んだ。
――よし!
少々強引だが、そのまま投げてしまおう。
と、思ったその時。
「甘いぜ!」
そんな苦し紛れの行動は、櫂斗にはお見通しだった。
投げようとする詩穂美に対して、櫂斗はぐっと大地を踏みしめた、耐えた。
逆に、隙を晒した詩穂美の腕を取り、背負い投げに移行する。
「くっ――」
強引な攻めを敢行していた詩穂美には、それを防ぐ手立てはなかった。
詩穂美は宙に舞い、背中から地面に叩き付けられた。
「がぁっ」
詩穂美は声を上げながらも、さらなる追撃に対応するために身構えた。
だが――追撃は来なかった。
仰向けに倒れ込んでいる詩穂美は、投げ飛ばした張本人を見た。
「どうして……?」
「ばっかだなあ」
櫂斗はニヤリと笑みを浮かべ、
「これは実戦じゃなくて、組手だぜ。――忘れたのか?」
「……忘れてた」
そうだった。
実戦であれば、迷わずとどめを刺しに行くのが無双流であるが――これは、組手だった。
組手であれば、投げられた時点で終了だ。
「……どうする? まだやるか?」
「……わたしの……負けよ……」
悔しいはずなのに、なぜか、とても清々しい気分だった。
*
「ようやく決着がついたか……」
由輝斗はほっと一息を付いた。
ただ、見ていただけだというのにかなり疲労していた。
二人の組手をしっかり目に焼き付けようとしていたからだ。
とても良いものを見せてもらった、と思った。
次の道場では一泡吹かせてやろう、とも思った。
「行くか。桜小路」
「は、はい……」
二人して、櫂斗達の元へ行く。
「どうだ? 御巫。――負けた気分は」
由輝斗は、未だ地面で寝転がっている詩穂美に言った。
「ふん、別に……」
詩穂美は仏頂面でそんなことを言いながら、立ち上がる。
だが、そう言いながらもすっきりとした表情になっていた。
「それにしても……」
光華学園の制服もすっかり泥だらけになっていた。
「これで、寮に帰れんのか?」
「……まあ、なんとかなるでしょ」
「まあ、本人がそう言うならいいけどよ……」
「なあ、詩穂美」
櫂斗が言った。
「なに? 櫂斗」
「これで、また道場に来てくれるんだろ?」
「………………」
櫂斗の問いに、詩穂美は答えなかった。
「まだ、ダメか?」
「……そんなことないけど……」
「そんなに『気』を使いたいのか?」
「そうよ。当然でしょ」
「でもよ。『気』と言ったって、そこまで使い勝手いいもんじゃないぜ。――実戦では、『気』を溜める時間なんかもらえねーしな。そんなことをするならさっさと殴りかかった方が早いし」
「それはわかっているけど……」
詩穂美は、俯きながら答える。
詩穂美自身も、櫂斗の言うことを理解はしているのだろうが、納得しきれないようだ。
櫂斗は、そんな詩穂美を見て、なにかに気づいたのか、声を上げた。
「なるほどな、なんとなく……わかったよ」
「え?」
「お前が、『気』を使えなかった理由が、わかったってこと」
「本当?」
詩穂美は声を上げた。
*
「それ、本当の事よね。――冗談だったらただじゃおかないから」
詩穂美は、櫂斗に詰め寄る。
櫂斗は、鼻息荒い詩穂美に、
「まあ、待ってくれよ。――そんな難しい話じゃねえから」
「どういうことよ?」
「つまりだな、さっきの詩穂美みたいに深刻に悩んでたら、一生『気』は使えないって事だ」
「え?」
詩穂美は首を傾げた。
櫂斗がなにを言いたいのかわからなかった。
「なにが言いたいの?」
「そんな難しい話じゃない。――なあ、『気』はどうやって溜める?」
「? それは、精神を集中し全身に『気』を感じ取るために意識を張り巡らせて――」
「それだよ」
「なにが?」
「詩穂美は、精神を集中し切れていないってことだ」
「そんなはずない。――そんな基礎の基礎で躓いているはずがないじゃない」
精神集中は、『気』を使う上での基礎である。
故に、精神集中の修行については、中学三年になる前から毎日の日課だった。
そんな基礎がおろそかになっているはずがない。
櫂斗は首を振る。
「そうだな。俺が知る限り、詩穂美の精神集中は完璧だったと思う。――中三になって、『気』を習い始めるまでな」
「え?」
「……まあ、これも今改めて思うと気づくって感じだけどな。――詩穂美、お前、もっと馬鹿になった方がいいぜ」
「はぁ? なに言っているのよ」
「つまりだな。『気』を使いたかったら、『気』を使いたいと思ったらダメなんだよ。それ自体が雑念だからな」
「……それって……」
「今から、見せてやるからよ。――『気』を感じるってことがどういうことかをよ」
櫂斗は構えを取ると、目をつぶり、集中し始めたのだった。




