第一六話 御巫詩穂美の憂鬱⑦
登場人物紹介
火撫由輝斗:櫂斗の幼なじみ。最近は、空手の師匠である叔父に再び稽古をつけてもらっている。『チーム異世界』メンバー。
黒崎櫂斗:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。無双流の使い手。詩穂美とは同門であり物心ついた頃から一緒の幼なじみ。『チーム異世界』メンバー。
御巫詩穂美:櫂斗の幼なじみ。櫂斗とは一緒に異世界に行こうと約束を交わした仲だった。今は全寮制の光華学園に通っている。なぜか不良相手になにかを考えているようだが……。別作品『義妹できました』にも登場。
桜小路薫子:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗たちと友達になり、『チーム異世界』を結成した。
櫂斗は、今ひとつ理解できていないのか、首を傾げていた。
「……いや、確かに俺は『練気術』を使えるけどよ……そんな悩むほどのことか? ……まあ、詩穂美はこれまでほとんどの技をあっさりマスターしてきたからそう思うかも知れないけど、苦手な技があって当たり前だからな」
「……本当に、あんたは気楽に言うよね」
「……いやまあ、実際に気楽に言ってるしな。正直、詩穂美がなにを悩んでいるのかさっぱりだし」
櫂斗の表情は、本当になにもわかっていないようだった。
話にならない。
――ほんと、こいつって……
わかってはいたが――黒崎櫂斗は、本当に、大馬鹿だった。
「練気術は、無双流の奥義よ。その他の業と同じに考えないで」
「そうか? 気にしすぎだろ」
あくまで脳天気な櫂斗。
なんで、こうもわかってもらえないんだ、と詩穂美は思った。
「それに、師匠はこうも言っていた。――練気術は、『異世界で生き抜くための業』と」
「あー、そういや、そんなこと言っていたかもな。――それで?」
「…………わたし達は異世界に行こうと思っているのよ。それなのに練気術が使えないということは、異世界に行く資格がないということ。あんたにはあるってのにさ。悩むに決まっているでしょ!」
詩穂美は、叫んだ。
正直、こんなこと櫂斗に言うつもりなんてなかった。
自分の情けなさをさらけ出す行為だからだ。
だが、あまりに脳天気な櫂斗に我慢がならず、言ってしまった。
「…………なるほどねえ……」
「ようやく理解してくれた? ならもう帰って。わたしはあんたの顔なんて見たくないの」
「……だから、光華学園に進学したってか?」
「ええ、そうよ」
「…………不良相手にケンカを売っているのは?」
「道場でいくら鍛錬をしていても、なにも変わらなかった。だから、別の刺激が必要だと思ったのよ」
「…………そうか。わかったよ」
「なにがよ」
「俺のことを前から馬鹿だのなんだの言っていたが……お前の方が馬鹿だな、詩穂美」
櫂斗は、はっきりと言いのけた。
「……なっ――」
詩穂美は、一瞬で頭の血が上った。
だが、こちらがなにか言う前に、櫂斗は続ける。
「確かに、じっちゃんは練気術が『異世界で生き抜くための業』と言ってたな。実際、重要な技なのかも知れない――」
「……………………」
「だがよ、詩穂美。お前は、練気術が使えないだけで、諦めるんか? 俺達が交わした約束はそんな軽いもんか?」
櫂斗は、残念そうな顔を見せた。
そんな櫂斗を見て、詩穂美はズキリと胸に痛みを感じた。
「……そんなことは……」
「だいたいよ。練気術は重要なのかも知んねえけど、必須じゃねえと思わねえか?」
「え? どういう……」
「正直、異世界が実際にどういう世界かはわかっていねえけど、練気術があると役には立つんだろうが、練気術が使えないとなにもできないような底の浅い流派か? 無双流は」
櫂斗の言葉が強く突き刺さる。
「……そ、それは……」
詩穂美は言葉が出ない。
「ったくよ。これだから天才は困るぜ。大抵のことはこなせてしまうから、いざうまくできないことがあると悩みやがる。――俺が簡単に『気』を使えるようになったと勘違いしていないか?」
「そんなことは――」
そんなことは、ない。
それは、断言できた。
櫂斗が努力していることは、近くで見ていた自分がよくわかっている。
だが、それでも……
「わたしは、あんたにだけは、負けたくないの……」
詩穂美は、ぎゅっと拳を握り、櫂斗を見た。
詩穂美にとって櫂斗は、幼なじみであり、同門であり、最大のライバルでもあるのだ。
「…………そうか……よおくわかったぜ」
櫂斗は、詩穂美の言葉を聞き、噛みしめるようにつぶやく。
「……なにがよ」
「結局、いくら言葉を重ねても、詩穂美は納得しないってことがな。――なら、これしかねーだろ」
と、櫂斗は拳を詩穂美に掲げて見せた。
「……まさか、ここで闘るの? わたし達が?」
師匠は同門の真剣勝負は許していない。
無双流同士で本気で闘り合ったら、ただでは済まないからだ。
だが、櫂斗は肩すくめて、続ける。
「心配すんな。これからやるのは、組手だ。たまたま、道場でないところで組手をしようって思っただけだからな。――さあ、やろうぜ」
「櫂斗……本気?」
「本気だよ。今から、お前の性根を叩き直してやるからよ。――まっ、組手だからケガはさせないようにしてやるから安心しろ。外出届を出して、ここにいるんだろ? 寮に帰ったら大騒ぎになっちまうしな」
「……櫂斗は、わたしに勝てると思ってるの? 道場の組手では、わたしの方が勝率良かったはずだけど」
「そうだったか? ――まあ、お嬢様学校に行って、鈍っている奴に負ける気はしねーけどな」
「鍛錬は怠ってない」
「そうかい。――なら、それを、見せてみな」
「ええ」
そして、構えをとり、対峙する二人。
無双流同士の闘いが――始まる。
*
「え? え? これ、ど、どういう流れですか?」
「落ち着け桜小路。――正直、予定外だが……まあ、悪くはない流れだな」
「そうなんですか?」
「ああ。こうして、思い切り闘り合えばすっきりするだろうさ。――それに……」
「それに?」
「オレ的にも、二人の組手がどんなものか見たいしな。無双流同士の組手がどんなもんか楽しみだ」




