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第一四話 御巫詩穂美の憂鬱⑤

登場人物紹介

 火撫ほなで由輝斗ゆきと:櫂斗の幼なじみ。最近は、空手の師匠である叔父に再び稽古をつけてもらっている。『チーム異世界』メンバー。

 黒崎くろさき櫂斗かいと:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。無双流の使い手。『チーム異世界』メンバー。

 御巫みかなぎ詩穂美しほみ:櫂斗の幼なじみで、無双流の使い手。櫂斗とは一緒に異世界に行こうと約束を交わした仲だった。今は全寮制の光華学園に通っている。なぜか不良相手になにかを考えているようだが……

 桜小路さくらこうじ薫子かおるこ:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗たちと友達になり、『チーム異世界』を結成した。

 まず由輝斗は、五十嵐達について対処することにした。

「おい、そこの二人」

 由輝斗は、詩穂美とのケンカに参加していなかった二人組――昨日、詩穂美にやられた二人だ――に声をかけた。

「な、なんだ」

「や、やる気か?」

 強がる二人を無視して、由輝斗は続ける。

「このぶっ倒れている連中を起こしてさっさと消えろ。――邪魔だ」

「な、何言ってやがる!」

「ふざけるなよ、テメエ。一年坊が、調子に乗るんじゃねえ!」

 この期に及んで、そんなことを言う二人に、由輝斗はあきれ果てた。

「……お前らは負けたんだよ。――言いふらしたりしねえから、さっさと連れていけ」

 由輝斗は二人を強く睨み付ける。

「わ、わかったよ……」

 由輝斗の迫力に二人は、思いのほかあっさりうなずく。

 詩穂美にあれだけやられているのを見れば、対抗する気力もないか。

 ――これでどれだけ、時間(・・)を稼げるかだな……


 二人組――ケンタとリョウというらしい――が倒れ伏している連中を起こしている。

 ダメージはあるようだが立ち上がれないほどではないようだ。

 詩穂美が本当の意味で本気でやっていたらこんなものでは済まなかっただろう。

 さすがに手加減はしてくれたようだ。

 リーダーである五十嵐健二は、助けられるまでもなく一人で立ち上がっていた。

 もっとも、投げられた上に腹部を踏みつけられたダメージは大きいようだ

「…………」

 五十嵐はしばらくこちらを見ると、無言で背を向けて歩き出した。

 ここで捨て台詞を言わない程度のプライドはあるようだ。

 そんな五十嵐についていくように残りの連中も神社を出ていく。

 やがて、神社に静けさが戻る。

 残ったのは、由輝斗と御巫詩穂美、そして少し離れた場所にいる桜小路薫子だけだった。


「それで、火撫はどうしたいの?」

 詩穂美は言った。

「どう、とは?」

「まさか、わたしと闘る気(・・・)じゃないよね?」

 詩穂美の表情は『わたしに勝てるわけないでしょ』と言っているようだった。

「そうだ。――と言ったら?」

「本気?」

「冗談の方が良かったか?」

 詩穂美は首を振る。

「そんなことない。さっきまでの連中より、火撫なら楽しめそうだもの。――本当にいいのね?」

 詩穂美は、念を押すように言う。

 由輝斗のことを認めてはいるが、自分を脅かすほどではない、と思っているのだろう。

 それは――正しい。

 まともに闘り合ったら、由輝斗では詩穂美には勝てない。

 昨日闘り合って、それはわかっていた。

 だが、簡単に負けるつもりは――なかった。

「何度も言わせんな。余裕かまして、噛みつかれても知らねーぞ」

 由輝斗は構えをとる。

 由輝斗の本気を感じたのか、詩穂美の表情が変わる。

「いいのね?」

「ああ。――桜小路は下がっててくれ」

「う、うん……」

 桜小路薫子が距離をとったことを確認し――由輝斗は地を蹴った


       *


 ――どうするつもり? 実力差はわかっているはずなのに……

 詩穂美は、こちらに駆けだしてくる由輝斗を見て、思案した。

 先日、由輝斗と少し闘り合い、その実力を概ね把握していた。

 由輝斗は、弱くはない。

 先程の不良連中に比べれば遙かに強い、と言える。

 だが、それでも、自分と闘り合えるほどでない。

 それが、詩穂美が下した評価だった。

 そしてそれは、由輝斗自身がよくわかっているはずなのだが――

「喰らえっ!」

 由輝斗が大きく振りかぶって、殴りかかってきた。

 確かに威力はありそうだが、予備動作も大きく、あまりにも隙だらけの拳だった。

 反撃してくれと言わんばかりの攻撃に、詩穂美は困惑する。

 これでは、先程投げ飛ばした不良グループのリーダーの五十嵐と変わらない。

 そう、思ったのだが。

 ――いや……違う。

 隙だらけだが――それだけではなかった。

 さっきとは違い、由輝斗の拳には、『圧』があった。

 反撃を受け入れることを考えず、とにかく相手を倒すことを考えた、覚悟の拳だった。

 その覚悟故に、由輝斗の拳には、凄まじい『圧』があるのだ。

 並の相手――さきほどの不良達――であれば、その気圧されて、なにもできずにやられてしまうだろう。

 たいしたものだ、とは思う。

 だが、自分に通用するほどではない。

 このまま、由輝斗の拳を躱し、投げ飛ばしてしまえば終わりだ。

 簡単な話だった。

「………………」

 だが――

 ――由輝斗の眼……

 詩穂美は由輝斗の眼を見る。

 一点の曇りもない、迷いなき双眸だった。

 そんな瞳を見て、詩穂美は僅かに揺らぐ(・・・)

 揺らいでしまった。

「――――っ!」

 由輝斗の大振りの拳を、詩穂美は後ろに跳ぶことで、躱した。

 ぶんっ。

 由輝斗の拳が空を切った。

 隙だらけだが――反撃は出来なかった。

 詩穂美自身、距離を取ってしまったこともそうだが、由輝斗の鋭い視線がこちらを刺していたからだ。

 捨て身の由輝斗の迫力に気圧されてしまった。

 隙だらけなのは変わらないというのに。

 ――いや、違う。ここで無理をする必要なんてない。実力差は明らかなんだから……

 自分に言い聞かせて納得しようとした。

 だが、目の前の由輝斗はそれをさせてくれなかった。

下がった(・・・・)……か」

 由輝斗はそう言うと、ふっと笑みを漏らした。

「なにが面白いのよ、火撫」

「オレは、あんたのことは櫂斗と同じくらい強いと思っていた。――でも、違うな。御巫、あんたは、櫂斗より弱い(・・)

「ふざけたことを言わないで。櫂斗とは道場ではほとんど互角だった。アイツに負けるつもりはない」

「ふーん。じゃあ、弱くなった(・・・・・)んかもな。――櫂斗なら、後ろに下がらなかった(・・・・・・・・・・)。そのままオレを投げ飛ばして勝負はついていたよ」

「…………」

 痛いところを突かれた、と思った。

 詩穂美とて、当初はそのつもりだったのだ。

 だが、由輝斗の圧力を警戒して無理せず、下がった。

 と――

 ――無理せず(・・・・)……?

 これまで、そんなことを考えて闘ったことはあっただろうか。

 いや、ない。

 そのような考え方は、無双流には、ない。

 無双流は、無双(・・)を目指す流派である。

 そんな途方もない高みを目指すというのに、無理せずなんて考えは――ない。

 ――わたしはいつから、こんなことを考えていたの?

 詩穂美は愕然とした。

 光華学園に入学し、道場に通わなくなったとて、鍛錬は怠っていなかった。

 だが、その間、とても大事なものを失っていたというのか。

 詩穂美は、ほぞを噛んだ。

 そんな詩穂美を見て、由輝斗は言った。

「どうやら、あんた自身、気づいていなかったみたいだな。オレとしては、投げられても仕方ないつもりだったんだが――助かったよ。櫂斗なら迷わず反撃してきただろうな」

「調子に乗るのもいい加減にして。――それで勝ったつもり? こんなこと、二度はないから」

 これ以上、由輝斗にはしゃべらせない。

 さっさと倒す。

 そう思い、詩穂美が一歩を踏み出す直前。

「御巫、あんた『気』が使えない(・・・・)らしいな」

「――――っ!」

 由輝斗の言葉に、脚が止まる。

 そして、由輝斗を見る。

 強く、睨み付けるように。

「なんであんたが、『気』のことを知っているのよ」

「源斎のじいさんが言っていたよ。――あんた、櫂斗と違って『気』が使えないってな」

「………………」

「それを櫂斗に知られたくないから、あんたは逃げた。――それが、全寮制の光華学園に進学した理由だろ?」

「違う。わたしは母に、どうしてもって、お願いされたから……」

「ちょうどいい理由があって良かったな。――渡りに船、と思ったんだろ?」

「……由輝斗。あなた、わたしを怒らせたいの?」

「いや、これは、ただの時間稼ぎだ」

「え?」

 詩穂美が聞き返すと、背後から足音。

 振り返る。

 詩穂美は愕然とした。

 現れたのは、今、一番会いたくなかった相手。

「……詩穂美……」

 現れたのは、道着姿の黒崎櫂斗だった。


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