第一三話 御巫詩穂美の憂鬱④
登場人物紹介
火撫由輝斗:櫂斗の幼なじみ。最近は、空手の師匠である叔父に再び稽古をつけてもらっている。『チーム異世界』メンバー。
黒崎櫂斗:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。無双流の使い手。『チーム異世界』メンバー。
御巫詩穂美:櫂斗の幼なじみ。櫂斗とは一緒に異世界に行こうと約束を交わした仲だった。今は全寮制の光華学園に通っている。なぜか不良相手になにかを考えているようだが……
桜小路薫子:櫂斗のクラスメイト。隠れオタク。櫂斗たちと友達になり、『チーム異世界』を結成した。
五十嵐健二は、何食わぬ顔で斜め後ろを歩いている女――御巫詩穂美と名乗っていた――を横目に見た。
御巫詩穂美は、今、十数人の不良に囲まれながら歩いているというのに、表情ひとつ変えずに歩いている。
――本当にいい女じゃねえか……ケンタとリョウの言うことだから大げさに言っているかと思ったが……
期待以上の美貌に、健二の心は躍った。
昨日、校内で、舎弟のケンタとリョウがボロボロの姿でふらふらと歩いているのを見かけた。
聞けば、先ほど光華学園の女をナンパしたら、返り討ちになったと言う。
あまりの情けなさに、健二は呆れるが、二人は『あの女は半端なかったんですよ』とまくし立てた。
この期に及んで言い訳か、と呆れるが、二人は『本当なんです』と譲らなかった。
それならば、と詳しく話を聞くことにしたのだ。
ケンタとリョウがなにもできずにあっさり投げ飛ばされたと聞き、健二は驚いた。
二人は馬鹿だが――弱くはない。
少々の腕自慢ならばあっさり負けることはない。
それを女の身で圧勝したというのであれば興味も出てくるというものだ。
すぐ舎弟連中に連絡し、その女を探させることにしたのだ――
寂れた神社だった。
歴史だけはあるようだが、参拝客などほとんどいなかった。
それでいてそれなりの広さもあり、周辺は木々に囲まれており、嵐山高校の生徒にとっては絶好の喧嘩スポットだった。
「ここでやるんですか?」
御巫詩穂美が言った。
「ああ。ここなら外からも見られることはないしな」
健二は手を上げ、舎弟達に合図をする。
舎弟全員で、御巫詩穂美を囲む。
逃げ場は、作らない。
健二は、一歩引いた場所で、腕組みをしていた。
「あなたは見ているだけで?」
「当然だ。俺が出るまでもないからな。――少しは腕に覚えがあるらしいが、この人数相手ではなにもできまい」
「……女の子一人相手に、ですか?」
「別に。俺は正々堂々と喧嘩をするなんて馬鹿らしいと思ってるからな。――心配するな。大怪我はさせねえからよ。後のお楽しみができなくなっちまうしな」
下卑た視線を向ける健二。
「そうですか……」
御巫詩穂美はそんな視線を動じることなく受けとめた。
怒りも、怯えも、感じなかった。
十数人の男達に囲まれているというのになんという胆力だろうか。
たいしたものだ、と健二は思った。
「…………なるほど。わかりました」
御巫詩穂美が言った。
「なにがわかったんだ?」
「安心したんです」
「安心だと?」
「ええ」
健二の言葉に、御巫詩穂美は、不敵な笑みを見せた。
先程までのお嬢様然とした雰囲気は消え去っていた。
「あんた達が手加減をする必要がないほどのクズってことがね」
口調もすっかり変わっていた。
これがこの女の本当の姿、ということなのか。
「テメエ、猫被ってやがったか」
「光華学園に通っているけど、わたしはお嬢様じゃないから。ああいうの疲れるのよね」
御巫詩穂美は肩をすくめて見せた。
「さあ、来るなら来なさいよ。――そこのリーダーさんもね」
「抜かせ。だったら、こいつら全員倒してみろよ。――それが出来たなら俺が相手してやる」
「……ふーん、まあ、いいけど」」
御巫詩穂美はつまらなそうな表情を見せた。
「じゃあ、さっさと来なさいよ」
「そうさせてもらう。――行け」
健二は舎弟らに向かって言った。
舎弟達は頷き、御巫詩穂美に近づいていった。
その中の一人――ショータが一番手として御巫詩穂美に向かって走り出す。
御巫詩穂美は、構えを見せることもなく余裕の姿を見せていた。
――ふん、いつまでその余裕の面を見せられるかな……
健二は、決して油断はしていなかった。
御巫詩穂美はおそらく柔道や合気道の類を習っているのだろう。
ケンタとリョウをあっさり投げたことを考えると、それなりの実力の持ち主であると考えていた。
おそらく、ショータは投げられてしまうだろう。
だが、その投げた後には大きな隙ができるはずなので、そこを全員で襲いかかれば問題ない。
いくら強かろうが、所詮は女。
大人数相手に勝てるわけがないのだ。
「おらぁ!」
ショータが拳を振るう。
「………………」
だが――御巫詩穂美はそんなショータを投げようと――しなかった。
ショータの拳を簡単に躱し、右の掌底でショータの顎を打った。
「ぐあっ」
たいして力を入れているように見えなかったが、ショータは力なくそのまま崩れ落ちた。
投げた時の隙を突こうとしていた残り全員の足が止まる。
突然のことに、戸惑っているようだった。
「……投げを使ってこない?」
「話が違う。どういうことだ?」
舎弟達は、困惑しているようだった。
「……まったく……馬鹿にされたものね」
御巫詩穂美は、戸惑っているこちらを眺めながら、続ける。
「大人数を相手するのに、わざわざ派手な投げ技を使うわけないじゃない。――もしかして、わたしのこと投げ技しかできないと思ってた?」
「…………」
「やっぱり。――それなりに楽しめるかと思ってたけど、期待外れかな」
「……ひとり倒したぐらいで、調子に乗るなよ」
健二は御巫詩穂美を強く睨み付けた。
「そう思うなら、あんた自身が来れば? ――そうすれば少しはマシな闘いになるかもね」
「うるせえ。言っただろ。こいつらに勝てたら相手してやると」
予想外の展開に胸中で戸惑いながらも、強気は崩さない。
「おい、お前ら、行け。この大人数に女一人で勝てる訳ねーんだからな」
健二は、困惑している舎弟達を促した。
「は、はい。よし行くぜ!」
「おおっ! この人数で女一人に負けられねーぞ!」
舎弟達は、御巫詩穂美を囲んだまま、近づいてく。
先程ショータがあっさりやられているのを見ているので、その歩みはゆっくりとしたものだった。
御巫詩穂美はそんな舎弟達を見て嘆息した。
「もしかして、たった一〇人程度で、わたしに勝てると思っているの?」
その言葉と共に、御巫詩穂美の姿が消えた。
気づいた時には、正面にいたハヤトが崩れ落ちていた。
隣にいたタイガが慌てて殴りかかろうとするが、御巫詩穂美は低い姿勢で間合いを詰めると鳩尾に肘打ちを食らわす。
「げほぉっ!」
呻くタイガに間髪を入れず、足を払いつつ顎を掴みながら地面に叩き付けた。
その洗練とした動きに隙はなかった。
「この程度か……これじゃ練習にもならないけど。こんなものなの?」
御巫詩穂美は自分を囲んでいる連中に向かって、言い放った。
だが、舎弟達は完全に威圧されてしまい、先程までの威勢はなくなっていた。
「そう。――なら、さっさと終わらようかな。そうしないとそこでふんぞり返っているリーダーも動かないみたいだし」
御巫詩穂美は再び動き出し――数分の内に舎弟達を倒してしまうのだった。
*
「な、なんですか? あれ?」
桜小路薫子は唖然したした表情で、目の前の光景を見ていた。
ものの数分で十数人もいた不良達が地に伏せっていた。
由輝斗は肩をすくめる。
「あれが御巫だよ。あいつ、あの櫂斗と一緒に無双流を習っていたんだからな。あの程度の連中に負けるはずがないんだよな」
由輝斗と薫子は、遅れて神社まで来て、詩穂美の闘いぶりに見物していた。
それにしても――
――思った以上だな……
詩穂美が強いとは思っていたがあそこまでとは。
この後のことを考えると、悩ましかった。
「……確かに……やるじゃねえか……」
腕組みをしていた五十嵐が言う。
だが、先程までの余裕は感じない。
対して詩穂美は、余裕の表情をだった。
「全員倒したけど、これであんたが闘うのよね」
「…………調子に乗るなよ、女。雑魚どもを倒して調子に乗っているみてえだが、俺に勝てると思っているのか?」
「逆に訊くけど、わたしに勝てると思っているの?」
「馬鹿にするんじゃねえ!」
五十嵐が体格にものを言わせて、殴りかかる。
身長は一九〇センチはある五十嵐の攻撃にも、詩穂美は動じていなかった。
なにしろ――五十嵐は拳はあまりにも大ぶりで、隙だらけだったからだ。
これまで体格にものを言わせてケンカに勝ってきたというのが見え見えだった。
詩穂美は、軽くその拳を躱すと、五十嵐の殴りかかる勢いを利用して、そのまま腕を掴み、背負い投げをした。
五十嵐の巨体が宙を舞い、背中から地面に叩き付けられた。
「がぁっ!」
五十嵐のうめき声。
だが、まだ詩穂美の攻めは終わらない。
詩穂美の右脚が五十嵐の腹部を踏み抜いた。
躊躇などまったくなかった。
「ぐほぉっ」
再び、五十嵐が呻く。
詩穂美は、そんな五十嵐を見て、少し距離を取った。
「どうする? まだやる?」
「ううぅ……」
五十嵐は息も絶え絶えに、立ち上がる。
先程までの威勢はすっかり消えてしまっていた。
――もう、ダメだな……
由輝斗は、五十嵐の目を見て判断した。
もう戦意がすっかり消えていた。
嵐山高校四天王などともてはやされているが、こんなものか。
――容赦ねえな。櫂斗ならあそこまでやらないだろうしな。まあ、同情なんてするつもりはないが……
詩穂美もそれがわかっているのか、つまらなそうな表情で五十嵐を見ていた。
「来ないならこちらから行くけど……」
「ひいっ」
怯えた表情の五十嵐。
――仕方ねえ……行くか……
思った以上に早く決着がついてしまったので、ここは自分が時間稼ぎのために動くしかなかった。
だが、正直、まともにやっても勝ち目はないだろう。
とはいえ、搦め手が通用する相手でもない。
由輝斗に出来ることは、思い切りやるだけだ。
「じゃあ、言ってくるか。桜小路、ここで大人しくしてろよ」
「火撫さん……」
心配そうな桜小路を尻目に、詩穂美の元へ向かう。
「御巫。それくらいにしとけよ」
由輝斗が言った。
「火撫……」
詩穂美がこちらに視線を移す。
「物足りねえってのなら、オレが相手になってやるよ。昨日の続きをしようぜ」




