第一一話 御巫詩穂美の憂鬱②
登場人物紹介
火撫由輝斗:櫂斗の幼なじみ。最近は、空手の師匠である叔父に再び稽古をつけてもらっている。『チーム異世界』メンバー。
黒崎櫂斗:主人公。異世界少年を自称し、自分が異世界に召喚されることを信じて疑わないバカ。無双流の使い手。『チーム異世界』メンバー。
御巫詩穂美:櫂斗の幼なじみ。櫂斗とは一緒に異世界に行こうと約束を交わした仲だった。今は全寮制の光華学園に通っている。なぜか不良相手になにかを考えているようだが……
畳敷きの道場で、道着姿で由輝斗は櫂斗と向き合っていた。
ここは、黒崎家の離れにある無双流の道場。
門下生を多く受けれているわけではないので、それほど広いわけではないが、数人で使う分には十分な広さはある。
由輝斗は油断なく構えを取り、櫂斗を見据える。
それに対して櫂斗は、余裕の表情を見せ、自然体で立っていた。
不良たちとのゴタゴタの後に行った一対一の時と同じだった。
構えという構えをしていないというのに、微塵も隙がない。
「どうした、来ないのか? 由輝斗」
櫂斗の軽い挑発の言葉。
いつでも来いと言わんばかりだ。
「なら、遠慮なく行かせてもらうぜ!」
由輝斗はだんっ、と踏み込み、間合いを詰める。
右、左、と交互に突きを打っていく。
だが、櫂斗に、手を使わずに体捌きのみで交わされてしまう。
「くそっ」
それでも、由輝斗は攻め続けた。
突きだけでなく、蹴りも交えていく。
それでも、当たらない。
――バケモノめ……
叔父の空手道場に再び通うようになり、稽古をさぼっていた分のブランクは、埋まったと思っている。
だが――
それでも、届かない。
実力差は歴然だった。
――まったくよ……
だが、由輝斗は絶望はしていなかった。
当然のことだからだ。
櫂斗とも空手とも距離を置いてしまった由輝斗とは、積み重ねが違う。
だからこそ、櫂斗のような強者と組手ができることは、得難い経験だった。喜びだった。
不良とケンカやるよりも何倍も貴重な経験だ。
――今日こそ、一発は当ててやる!
由輝斗は、さらに攻めのテンポを上げた。
正拳突き。
肘打ち。
前蹴り。
廻し蹴り。
とにかく、攻めまくる。
まさに息もつかせぬような攻めだった。
実際、息をせず攻め続けているので、苦しかった。
それでも、攻め続ける。
「――とっ」
さすがの櫂斗もここまでの勢いだと躱すだけでは対応しきれないのか、いくつかの攻撃を手で捌くようになった。
――いけるっ!
と思ったその時。
「――っ!」
櫂斗は、由輝斗の右の廻し蹴りを左腕でガードしつつ、前に出てきた。
「うっ」
「そらっ」
櫂斗が肩でぶつかってきた。
大した力ではない。
強めに押されたぐらいの力だ。
だが、廻し蹴り直後で踏ん張りが効かない状態になっているので、後ろにのけぞってしまう。
――やばっ。
櫂斗はさらに距離を詰めてきた。
「くっ」
なんとか構えを取ろうとするが、動作が遅れてしまう。
さらに先ほどまで、ほぼ無呼吸で攻め続けていたの、息苦しくなり、その場で大きく呼吸をしてしまう。
「はぁはぁはぁはぁっ」
由輝斗は、精神的にも肉体的にも弛緩してしまった。
そんな隙を櫂斗が見逃すわけもなく――
あっさり腕を取られ、為すすべもなく足を払われ、そのまま畳に強く叩きつけられてしまう。
「がぁっ!」
一瞬息ができなくなる。
「なかなかいい攻めだったが、後先考えなさすぎだな。息苦しくなっているのが見え見えだったぜ」
にやりと笑い、櫂斗が言った。
「仕方ねーだろ。そこまで絞り出さねえと、お前に一発当てることなんて出来ねーだろうし」
畳に大の字で寝転がりながら、由輝斗は言う。
「一発当てるだけが目的なら、いいけどよ。――由輝斗は俺に勝ちたいんじゃないのか?」
「………………うっせ」
言いながらも櫂斗の言うことはもっともだった。
現実的な目標として一発を当てることを目標にはしていたが、今日はそれだけしか考えていなかったため、単調な攻めになってしまい、櫂斗からしたら読みやすかったのだろう。
もっと、頭を使え、ということだろう。
実力差があるというのに、ただがむしゃらにせめて結果が出るわけもない。
この教訓は次回に生かそう。
「どうする? 続きやるか?」
「……少し休ませろって」
「じゃあ、休憩にすっか」
櫂斗はそう言いながら、道場の畳にあぐらをかいて座った。
だが、櫂斗の顔を見ると汗ひとつ見られない。
――休憩と言っても、オレのための休憩ってことかよ……
こっちは、そもそも投げられた痛みで立ち上がれないというのに。
――下が畳で本当に良かったぜ……
これが、先ほどの不良たちのようにアスファルトに叩きつけらたら大けがだろう。
と――
――そうだ……
「なあ、櫂斗」
「なんだ?」
ちょうど良い機会なので訊いてみることにした。
「そういえばさ、御巫ってどうしてるんだ?」
「……どうしてそんなこと訊くんだ?」
櫂斗がいつもの脳天気な表情から、変わった。
それはもう、あからさまだった。
「いや、別に。でも、あいつどうしたのかな、と思ってな。あいつも無双流の門下生だろ? 道場には来てないのか?」
先ほど会ったなどとは言わず、さりげない調子で訊く。
「そうだな。今は、ほとんど来てないな。あいつ、光華学園に行ったからさ、あそこは全寮制のお嬢様学校で、許可がなければ外出できないぐらいなんだとよ。――だから、道場へ来ることができない……らしいな……」
櫂斗は言いながらも、その理由に櫂斗自身が納得していないように見えた。
「なんで詩穂美のこと訊くんだ?」
逆に、聞き返された。
「…………いや、なんとなくだよ。御巫はオレにとっては幼なじみだからな」
「そうか。そうだよな」
「ああ」
結局、由輝斗は、櫂斗に詩穂美のことは伝えなかった。
何故かは、自分でもわからない。
今の櫂斗に安易に伝えるべきではない、と思ったからだ。
「御巫も強いのか?」
「ああ。強いぜ」
櫂斗は断言した。
「お前よりもか?」
「さあ、どうかな? お互い自分の方が強いと思っているだろうな。――ただ、言えることは、――天才だよ、あいつは」
「なに言ってんだよ。お前だってそうだろ?」
「バカ言うなよ。オレはひとつの技を覚えるのにどれだけ時間がかかったか教えてやりたいぜ――」
「そうだな。お前ほど不器用な奴も珍しい」
そんな言葉とともに、道場に白髪の老人が現れた。
櫂斗の祖父の黒崎源斎だった。
「そこは、フォローしてくれよじっちゃん」
「知るか。――櫂斗よ。お前に休憩は必要ないのじゃろう? 少し走ってこい」
「えー。なんでだよ」
「つべこべ言うな」
「……わかったよ。少し走ってくるか。由輝斗はどうする? まだやってくか?」
「いや、今日はもうやめとくわ。このまま帰る」
「そうかじゃあ、またな」
櫂斗は走りに行ってしまった。
道場には、由輝斗と源斎のみになった。
さすがに源斎の前で寝転がっているわけにもいかず体を起こす。
と――
「由輝斗」
源斎が声をかけた。
「ん? なに? 源斎のじいさん」
「お前には、詩穂美について伝えておこうと思ってな」
「どういうことだ?」
「詩穂美に会ったのだろう?」
「どうしてそれを?」
「そんなもの、顔を見ればわかる。いくらなんでも訊き方が下手くそすぎじゃ?」
「大きなお世話だ」
「まあそれはいい。――櫂斗はバカだからな。詩穂美の悩みにはまったく気づいておらんのだ」
「悩み?」
「お前には伝えておこう。訊いた上でお前がどうするかは自由じゃ」
そして、源斎は語り始めた。
「なるほどな……」
一通り話を聞き終えて、由輝斗は腕組みをする。
「どうする?」
「……まあ、放ってはおけねーかなぁ……」
「意外にお人好しじゃのう? 不良の癖に」
「オレは不良じゃねーよ」
「そうじゃったか?」
「そうだよ。――まあ、御巫はオレにとっても幼なじみだしな」
やれやれ、と由輝斗は肩をすくめた。




