そして夜明け
「行くぞ、すぐに出る!」
バン! とチェイザレが扉を開けたのはセリアの部屋だ。
「きゃあああ!」
悲鳴をあげたのはセリアではなく、モードリンである。
セリアとモードリンは、母親のケイトリアも惹き込んで、女子会をしていたのだ。
ユージェニーの戴冠を終え、久しぶりに集まる家族が寛いでいるところに、顔を腫らしたチェイザレが突入して来たのだ。
モードリンの悲鳴に護衛だけでなく、アンセルムとユージェニーまでが駆け付けてきた。
どうやら、モードリン達から追い出されたアンセルムとユージェニーは、二人で近くの部屋で飲んでいたらしい。
「女性の部屋にノックもなしに入ってくるなんて、最低!」
ツカツカ、とセリアが拳を振り上げると、チェイザレの腫れていない方の頬を殴った。
セリアの拳骨などたいしたダメージにならないが、ショックは大きかったらしい。
チェイザレは、殴られた頬を押さえて放心している。
現場を見たアンセルムとユージェニーも同様である。
令嬢であるセリアが、拳骨で男を殴った
最初に立ち直ったのは、ユージェニーである。
「妹がすまない・・」
セリアに睨まれて、ユージェニーは言い直す。
「女性の部屋に押し入ったのだ、殴られて当然と・・」
チェイザレが周りを見れば、アンセルムは上着をモードリンに着せているし、ユージェニーはケイトリアに付き添っている。
「ああ、悪い事をした」
今度は額に手を当てて、チェイザレが落ち込んだ。
セリアしかいないと思い込んでいたし、第一、女性の部屋を訪ねる時間ではない。
「それで、どうして急いでたのですか?」
セリアは、いまさら気づいたようで、チェイザレの腫れている頬をしげしげと見る。
「いや、夜中にレディの部屋に来るほどの用ではない。
すぐに出立しようと思ったのだが、セリアは家族との別れがあるのを考えてなかった」
チェイザレが目を細めて、セリア達を見る。
仲のいい家族というのだろう。
自分の生まれ育った王家とは、違う。
「明日、出立するのね。今夜は、お姉さまとお母様と一緒に寝るの。
チェイザレも、ゆっくり休んだ方がいいと思う」
セリアは、チェイザレの腫れた頬を指さした。
セリアとチェイザレの様子を見ている、アンセルムとユージェニーは言葉にしないが、同じことを思っていた。
完全にセリアに転がされている。
翌朝、陽が登る前にセリアとチェイザレはレプセントの館を出た。
「いいのか?」
チェイザレがセリアに確認すると、セリアは微笑む。
「ちゃんと、お別れはしたから。
それより、昨日から気になってたのだけど、その傷はどうされたの?」
チェイザレの頬の腫れは、一晩で色が紫色に変わっていた。
「ああ、兄上も同じぐらいの怪我をしたから引き分けだな」
セリアの答えにはなっていないが、シェルステン王太子と何かあったと分かる。
「ルドルフは?」
いつも一緒のルドルフが同行していないことに、セリアは不審に思う。
「俺達の邪魔はしたくない、だと。
どこかに落ち着いたら、来ることになっている」
大袈裟に両手を広げてチェイザレがおどければ、セリアが笑う。
「私がずっと一緒にいるから」
「そうだな。行くか」
チェイザレがセリアに促すと、セリアは頷く。
「ええ」
セリアが馬の腹を蹴れば、馬は元気よく駆け出した。
その後を、チェイザレが追う。
朝陽が登って来て、二人を照らし出した。
レプセントの館が朝陽に輝くのを、二人は振り返らない。
モードリンとアンセルムの結婚式にガイザーン帝国に行くまで、セリアとチェイザレは目的のない旅をする。
イグデニエル王国を逃げ出した時もチェイザレと一緒だった。
これからも、一緒だ。
だんだん陽が登り、陽の当たる背中が温かい。
隣をみれば、チェイザレが馬を駆っている。
この先は、どんな国があるのだろう。期待で胸が膨らむ。
セリアは口元が緩むのを感じて、馬のスピードを速めた。
これで完結となります。
こんなに長くなると、violet自身が思ってませんでした。
最後まで書けたのも、読者の皆様のおかげです。
楽しんでいただけたなら、嬉しいです。
ここまで、読んでいただき、ありがとうございました。
violet




