兄弟の本音
ユージェニーの戴冠は滞りなく終了し、レセプションが行われていた。
賓客として、各国の重要人物が集まっているのだ。
貴重な外交の場となっている。
チェイザレは兄であるシェルステン王太子ライデンと、レセプション会場に近い部屋で対峙していた。
「兄上の考えは王族として理解は出来ますが、妻帯者である兄が弟の婚約者を娶ろうとするのは許すことができません」
背筋を伸ばし、まっすぐにライデンを見つめるチェイザレ。
兄の補助となる第2皇子として育てられた。
冒険者の姿で他国の情報を集めたのも、王族としての責務だと考えていたからだ。
セリアを妻にしても、王家の為に尽くすものだと思っていた。
だが、それはセリアを兄に差し出すことではない。
「そんなにあの令嬢がいいのか?」
国の為に王子妃を娶ったライデンにとって、王子妃は恋愛対象にはならなかったのだろう。
「そうです。
シェルステン王国を強大化する為に、滅ぼし合わせるのがセリアの家族ならば、俺がシェルステン王国を見限るのは当然でしょう」
王族の結婚外交は関係強化をはかるものだ。そこに罠を含ませたことで、信頼はなくなる。
ライデンは目を見開いた。
「それはどういうことかな?
妃がいる私がセリア嬢を娶るなど、ありえないだろう?
そう思い込んで、城から逃げたのか?」
ライデンと王の話をセリアが聞いていたことなど知らないライデンは、知らないと通すつもりだ。
チェイザレは、セリアが聞いただけで証拠にはならないと分かっている。
だが、父と兄ならばそう考えてもおかしくない、と知っているのだ。
「これからは、セリアと二人で旅行をして回るつもりです。
もうシェルステン王国を優先することは、できません」
ルドルフもついて来るから3人にだよな、と思いながらここでは二人と言っておく。
「それは、ガイザーン帝国かレプセント公国に寝返ったということか?」
ライデンは面白そうに弟を見る。
チェイザレがセリアを連れてシェルステン王国に来た時とは、状況が変わった。
セリアは、ガイザーン帝国皇太子の婚約者の妹で、レプセント公国王の妹だ。
レプセント公国の国土は豊かで、何より魔獣の生息地を有している。
ライデンにとって、セリアはどうしても手に入れたい駒だ。
「お前は臣籍降下する予定だった。そうしてセリア嬢と結婚すればいいではないか?」
そうすれば、兄上は王太子の権力で、セリアを愛妾として召されるでしょう。
「セリアには、ガイザーン帝国とレプセント公国のしがらみから解放してやりたい。
もちろん、シェルステン王国もです。
資金はいりません。旅先で稼ぐことができます」
今まで他国を回る費用は、シェルステン王家から出ていた。
ガイザーン帝国がチェイザレに爵位を用意しているのを、ライデンには話さない。
受けるかも決めていない。
「は!?
バカを言うな!
シェルステン王国の王子が傭兵で稼ぐだと!?
そんなみっともないことするな!」
ドン!
ライデンがセンターテーブルを叩くと、用意されている茶器が音を立てて揺れる。
「兄上」
チェイザレはカップを押さえていた手を離した。
兄がセリアを娶ると言っていると、聞いた時から怒りが収まらない。
セリアを奪おうとする者がいる、それだけで殺してしまいたくなる。
兄の言葉の全てが、セリアを奪う為のものに聞こえる。
「俺をシェルステン王家から外してください」
「そんなに女がいいのか!?
若い女にうつつを抜かして、ふぬけたか!」
ライデンはチェイザレの肩を掴んだ。
「ああ、そうだよ!」
今度は、チェイザレがライデンの襟首を掴む。
「あの女は、たいした手練れだ!」
「セリアを貶すな!」
チェイザレはライデンの頬を殴っていた。
それからは、ライデンがチェイザレを殴り、取っ組み合いになった。
部屋の外に立つ護衛は、内密の話があるから入って来るな、と言われているが、物が倒れる音や、倒れる音に突入するべきか悩んでいたが、ルドルフとライデンの側近が様子を見に来た。
部屋の中から聞こえる音に、ノックもせずに飛び込むで見たものは、床に寝転がるライデンとチェイザレだった。
二人とも衣類は乱れ、頬は腫れている。
「殿下!」
駆け寄る側近を手で制して、ライデンは立ちあがった。
「いいか、私はこれからもお前の兄だ。
だが、兄弟ケンカは初めてしたな。
お前が常に私をたてようとして、我慢しているのはわかっていた。
これからは、拳ではなく口で言え」
ライデンがハンカチで口元を拭うと血が付く。顔をしかめながら、チェイザレに手を差し出した。
その手を払ってチェイザレは立ちあがるが、痛みで小さな呻きが漏れる。
「俺は手が早いんだ。すっかり市井の生活が馴染んだようでな」
「訂正するよ。セリア嬢は実に魅力的な令嬢だ」
その瞬間、チェイザレがライデンを殴ろうとして、ルドルフに羽交い絞めにされる。
ライデンは声を出して笑った。
「貶してもダメ、誉めてもダメ、だとはな。ハハハ!」
少しは、お互いが近寄った? ような兄弟です。




