モードリンとアンセルム
ほどなくして皇帝と皇妃が戦勝会に戻ってきた。
アンセルムが大広間を横切ると、人は道を開ける。それが当然と歩みながら、モードリンの元へと進む。
モードリンも近づくアンセルムに気がついて、笑顔がこぼれる。
その姿を見れば、アンセルムも笑顔になる。この姿を守れて良かった。
自分が奪い守った愛しい女性。
「モードリン、テラスに出よう」
返事を待たずに背に手を添えて促せば、モードリンも微笑んで答える。
周りについて来るなと目配せすると、護衛の二人が遠巻き付いて行く以外は、その場に留まり話を続ける。
そろそろ日が暮れる時間だ、テラスは夕焼けに包まれている。
遠くを見れば、山に陽が沈んでいく。その先は国境があって、はるか先にはイグデニエル王国がある方向である。
オレンジ色の光が辺りを包む。
優しい光。
「綺麗ね」
モードリンがテラスの手すりに上半身をあずけて夕焼けを見れば、アンセルムが後ろから覆い被さるように両手をモードリンの手の外側の手すりに置かれる。
「怖い思いをさせた」
アンセルムが言っているのは、昨夜の事だとすぐにわかる。
「大丈夫、皆が守ってくれたわ」
モードリンの部屋の警護の騎士が賊を捕まえたし、イリオスがすぐに来てくれた。
それよりも、モードリンは気になることがある。
「アンセルム様は大丈夫ですか?」
戦争をやっと終えて帰ってくれば、知らされるのは実母の悪意、疲れが出たのではとモードリンは心配しているのだ。
アンセルムはモードリンが意味することを察せないようだった。
「お母様である皇妃陛下に嫌われている私に、嫌気がさしていない?」
モードリンが俯きがちに説明する。
モードリン肩に後ろから、アンセルムの頭が乗せられると、モードリンが耳まで赤くする。
「いや、それは全然ない。母のせいでモードリンから嫌われるかと、そちらの方が心配だ」
「皇妃陛下は、罪悪感などお持ちでないようでした。
初めてでは、ないのですね?」
モードリンはイリオスから聞いた話がひっかかっている。
そして、アンセルムの実母であるのだ。アンセルムが苦悩しないはずがない。
答えないアンセルムに、それが肯定だとモードリンは思う。
肩に乗せたアンセルムの頭に、モードリンの頭が傾けられる。
穏やかな時間の流れの中で、お互いの心臓が大きな音をたてているかのように鼓動が速い。
アンセルムは身体を起こすと、モードリンを後ろから抱きしめた。
「50年後も、一緒に夕陽を見ような」
モードリンは前を向いたまま微笑んだ。
「それはステキね。ずっと綺麗な夕陽が見れる国だという約束ね」
ああ、この人と一緒にいたい。
背中から伝わるアンセルムの体温が温かい。
「殿下」
二人の時を終わらせる声がかかる。
申し訳なさそうに、ファントマ・マーノンが扉の所に立っていた。
振り返るアンセルムも、皇太子としての責務を理解している。
「一緒に参ります」
モードリンがアンセルムの腕に手を回せば、アンセルムの口角が上がる。
これからは、堂々と側にいれる。
背筋を伸ばし、一歩を踏み出す。
室内にもどれば、強い視線にさらされた。
皇妃が、アンセルムにエスコートされて歩くモードリンを表情のない顔で見ていた。
それはアンセルムも気がついており、皇妃から隠すようにモードリンの前に立つ。
さらに勢力範囲を拡大したガイザーン帝国は、膿を出さねばならない時期に来ていた。
その最たる膿が皇妃とその派閥であることは、皇帝、皇太子、第2王子は分かっていたが、皇妃の権力を横臥するほどの証拠はなかった。




