アンセルムの凱旋
翌朝は、アンセルムが凱旋してくるというので、早くから準備に慌ただしかった。
戦勝パレードということで、街中がお祭りになっている。
アンセルムをはじめ隊の上官たちは、式典用の軍服が届けられて着用しているはずだ。
モードリンは皇宮で出迎える手筈になっていて、そのまま祝勝会が始まる。
久しぶりにアンセルムに会えると思うと、高揚が止まらない。
早く会いたい、元気な姿を見たい。
顔がにやけてしまう、とモードリンは気を引き締める。
侍女達がモードリンの髪を編み、宝石と花を飾る。
母譲りの髪。
モードリンは鏡の中の自分を見つめる。
イリオスを生んだ母もこの髪色だったのか。
だから、皇妃は執拗に私を虐めたのだろうか、モードリンは考える。
フルリ、緩く頭を振って、モードリンは仕方ないと思い直した。
たとえ命を狙ってなくとも、皇妃がモードリンを害そうとしたのは間違いない。
どんな事情があっても、受け入れる事はない。
遠くから歓声が聞こえる。
アンセルム達の軍列が近づいて来ている。
モードリンは立ち上がると、部屋の外で待機している警護兵に守られて皇宮正面玄関に向かう。
そこにはすでに多くの貴族が集まって待機していた。
騎士に警護されているモードリンは、皆の注目を浴びている。
重臣達は皇太子の婚約者と知っているが、公表されていないので知らない貴族も多く、好意的でない視線も感じる。
ましてや、皇帝が皇妃、イリオス皇子を連れて現れると、モードリンがそこに並ぶのでなおさらである。
歓声がドンドン近づいてきて、アンセルム率いる一群の姿が見えてくる。
ホルグブロウの属国となっていた二つの国を制圧しての凱旋である。
ガイザーン帝国の国土は大きく増え、人々の熱狂的な歓声と声援がうねりのように聞こえる。
先頭のアンセルムの姿が見える。
無事に帰ってきてくれた。
それだけで、熱い想いが溢れ出しそうだ。目尻を手で押さえる。
アンセルムは到着すると、馬を降り皇帝に戦果を報告する。
皇帝が労いの言葉をかけると、アンセルムは大きく片手を上げて周りを見渡した。
着飾った令嬢達が頰を染めてアンセルムを見るのが、面白くない。
独身の皇太子がもてないはずがない。
モードリンはそれに気を取られて、アンセルムが近寄るのに気づくのが遅れた。
「モードリン」
呼ばれた時は、アンセルムに抱き上げられていた。
きゃあああ!!
叫声は、モードリンではない。令嬢達である。
モードリンは驚きすぎて、声も出せずにいるのだ。
「兄上、素晴らしい勝利です」
イリオスが声をかけてきて、やっとモードリンは我に返る。
「お帰りなさい」
無事で嬉しいとか、勝利おめでとうございますとか、言いたいことがたくさんあるのに、この人は兄ユージェニーを助けてくれたと涙が溢れ出てしまう。
「ありがとう」
それだけでアンセルムはわかったようだ。
泣き続けるモードリンを抱きしめて、アンセルムは笑う。
「当然だろう、私はモードリンを守る」
そのまま場所を皇宮の大広間に移して、戦勝会が始まった。
勝利宣言と共に、皇太子アンセルムとモードリンの婚約も公表されると、拍手の渦に包まれた。
皇太子の結婚問題は大きな課題であったので祝福が圧倒的であったが、皇太子妃の座を狙っていた令嬢達は落胆し、モードリンのあら捜しをする者もいた。
モードリンはイグデニエル王太子の婚約者として様々な視線を浴びていたので、令嬢達の視線も怖くないが、ずっとアンセルムに抱きかかえられているのが慣れない。
まるで見せびらかすように、アンセルムはモードリンを離さないのだ。
「アンセルム様、恥ずかしいです」
戸惑うモードリンが面白いのか、アンセルムはモードリンを降ろそうとはしない。
「それは慣れてもらうしかないな」
そう言って笑うアンセルムに、人々は驚くばかりだ。
モードリンは、父も母を抱いて歩いていたと思い出す。
母を歩かせようとしなかった父と、アンセルムの姿が重なる。
政略結婚であったが、父は母を深く愛していた。




