皇妃の本心
モードリンは、部屋の外の騒ぎがおさまると扉を開けた。
「誰か付いて来てください」
一人で出歩くことは出来ないので、警備の騎士に声をかける。
「どちらに出かけられるのですか?」
深夜に近い時間である。散歩に行くにしても不自然な時間であるため、騎士が確認するのは当然だ。
「皇妃陛下に会いに参ります」
モードリンの言葉に、騎士の一人が駆けだした。王かイリオス殿下に報告に行くのだろう。
モードリンが歩き出すと、騎士が警護に付くが緊張が伺える。
先ほどまで、侵入者の始末をしていたのだ。
その黒幕が皇妃だと、誰もが思っている。その皇妃に会いに行くと言うだ。
緊張も警戒も最高値になる。
モードリンも分かっていたが、何も言わずに皇宮の廊下を進む。
警護の騎士の片手は、剣の柄に手をかけたままである。もしもの時は、皇妃であってもすぐに対処できるうな体制にしているのだろう。
コンコン。
モードリンが自ら皇妃に部屋の扉をノックすると、すぐに皇妃付きの侍女が扉を開けたが、モードリンの姿に驚いている。
「皇妃陛下とお話をしたいの。入れてくださる?」
ニッコリと笑顔を見せるモードリンは、自分の容貌の使い方をよく知っている。
美人の笑顔はある種の狂気を含んでいる。
王の客人を廊下に立たせている訳にいかず、侍女はモードリンと護衛を居間に通す。
公表されてはいないが、モードリンが皇太子の婚約者であることは皇宮では知られている事だ。
「皇妃陛下に確認をしてまいります。もうお休みになっておられたら、お取次ぎはできません」
「起きておられるはずですわ」
モードリンは皇妃の寝室に向かう侍女の背中に声をかける。
賊を手引きさせた結果を待っているはずよ。
待つことなく寝室の扉が開き、皇妃が姿を見せた。
「ここの皇妃の私室です。男性の警護は出て行きなさい!」
警護が出て行けば、残るのは皇妃と侍女、モードリンの女性だけになるが、何かあっても皇妃に非が無いように操作されるだろう。
「申し訳ありません。皇帝陛下より常に警護がつくよう命令されております」
皇妃の命令よりも、皇帝の命令が最優先と騎士は答える。
皇妃は、苛立ちは隠して笑顔を作ってくる。
「こんな時間にどういうことかしら?」
皇妃は、モードリンの向かいに座る。
「それは、皇妃陛下がよくご存知でしょう。
賢妃と聞いていましたが、違ったようですね」
モードリンは髪を一房指につまんで耳にかける。
モードリン自身が気にした事はなかったが、母親によく似ていると言われている。
モードリンの様子に、皇妃は苛立ちを抑えきれなかった。
侍女が淹れた紅茶のカップを手に取ると、モードリンに投げつけた。
ガッチャーン!!
カップは、モードリンに当って紅茶をかけて、床に落ちて割れた。
騎士が駆け寄ったが、皇妃とモードリンが近すぎて、止める間もなかった。
「レプセント令嬢!」
騎士が上着を脱いで、濡れたモードリンのドレスの上にかける。
「誰か医師を!火傷をされた!」
騎士が叫ぶと、部屋の外まで聞こえたのだろう。
扉の外で、皇妃の警護にあたる騎士達の慌てた足音が聞こえる。
「そんなに母が憎いですか?
戦争でたくさんの遺体を見ました。
さらに、遺体を増やす必要があるのですか?」
モードリンは、顔を上げ皇妃を睨む。
「その戦争が、お前やあの女を助けるためのものだった!
お前達の存在を許すわけない。
陛下だけでなく、私の息子まで誑かした」
皇妃は身体をテーブルに乗り出し、更に危害を加えそうだが、騎士が間に入って牽制をする。
「皇帝陛下は、結婚後は皇妃陛下を大事にされ、皇子をお二人も授かったのではないのですか?」
モードリンは、眼の前で体を震わせている皇妃を見つめる。
その時、たくさんの足音が近づいてきて、モードリンはタイムオーバーを悟った。




