レプセント兄妹の能力
イリオスは、隣で馬に乗るモードリンを見ていた。
王からは、薬草のスペシャリストとして同行すると言われた。
モードリンと話をしていて、賢いと痛感した。
母である皇妃が、モードリン排除に動いているため、皇帝が信頼のおける騎士を護衛につけたのも納得できる。
だが。その騎士が皇太子を誑かした毒女としてモードリンを見ている。
軽蔑の目で見るのを隠そうともしない。
イグデニエル王太子に毒を盛り、逃げてきた美貌の女、そういう噂が流れているからだ。
しかも、その女の為に、皇帝と皇太子はイグデニエル王国に出陣したとまで言われている。
「ファルティウッド」
イリオスは、モードリンの護衛騎士の一人を呼んだ。
「お前を見損なった」
ファルティウッドと呼ばれた男は、イリオスの意味を悟ったのだろう。
「殿下までもか」
小さく呟く。
早朝に出陣した軍は、3万の兵。
兄であるアンセルムが1万の兵で出陣したのとは、大きな違いである。
それだけ、合流するレプセント軍の精鋭が知れ渡っているからでもある。
「兄上と僕の差もある」
イリオスは、自嘲のように呟く。
けれど、兄の大事な女性を必ず守り抜かねばと心に誓う。
馬上の人となっているモードリンは、軍の強行進行にも付いてくる。
モードリンにとって乗馬は貴婦人の趣味ではない。魔獣が生息地から出てきた時に、領民を逃がし、自分も逃げる為のものだ。
子供の頃から、慣れ親しんでいる。
その様子に周りも驚いていた。
出陣式で、紹介された時から、あらゆる注目を浴びていた。
軍に女性が同行することなど、なかったからだ。
しかも、並外れた美貌である。
すぐに、噂の主だと知れ渡った。
皇帝を懐柔したと思われていた女性が、貴婦人の取り繕った乗馬でなく、騎兵の乗馬をして、すぐに音を上げると思われた令嬢が馬を走り続けさせたのだ。
だが、体力だけはどうしようもない。
女性と男性の基本的体力は違うのだ。
それをモードリンはテクニックで、できるだけ負担が少ないように騎乗していた。
夜になって、部隊は野営地に着いた。
明日の夜には、先行隊の歩兵部隊と合流して国境を越えることになる。
モードリンは他の馬達と同じように、自分が乗ってきた馬に水と餌を与え、毛並みを整えていた。
それは、決して淑女のすることではなく、令嬢ならばしたことがないはずなのだ。
「よく走ってくれたわ。お前は最高の馬だわ」
モードリンが馬を褒めながら世話をするのを、一人二人と騎士達が見に来る。
その中には、ファルティウッドもいた。
噂のような気位の高いご令嬢では、馬の世話などできるはずもない。
「モードリン嬢」
イリオスが、見物人をかき分けて声を掛ける。
「お疲れでしょう。あちらで休まれてはいかがですか?
食事も用意してます」
振り返ったモードリンは、月の光を浴びた女神のようで、男達には目の毒であった。
「ありがとうございます」
そう言って歩くモードリンは、体力がずいぶん落ちているのだろう、少しよろけるのを、思わず助けてあげたい、と騎士達は思うのだが、それがファルティウッドに面白くない。
簡易テントでの食事は、将校達がと一緒である。
モードリンが兵食を躊躇なく食べるのを、イリオスも将校達も見つめてしまう。
「モードリン嬢には、驚かされてばかりだ。
兵食は、栄養と保存、運搬しやすさが重視で味は二の次だ」
イリオスが将校を代表したかのように振る舞う。
「魔獣って、魔核だけだと思いますか?
皮や骨は固く、加工すれば武器や装備になります。そして残るのが肉です」
モードリンは両手を広げて、首を横にふる。
「我が家では、魔獣も命を奪ったものとして、余す所なく処理します。
つまり、肉は食べるのです。
臭いし固いし、不味いのです。領民にも喜ばれません。この食事は王宮の食事と比べると味は落ちるかもしれませんが、魔獣の肉に比べると美味しいです」
あっけにとられて聞いている将校達。
「ハハハ!」
イリオスの笑い声が響く。
「殿下」
モードリンは、真面目な顔つきで周りを見渡した。
「兄はレプセント軍の総指揮として育てられました」
モードリンは、言葉を一つ一つ区切って言う。
「妹は見かけによらず怖いもの知らずで、まず行動します。特攻要員です」
そして、と続ける。
「私は瞬発力もなく、体力も力も身につきませんでした。
だから、知識を詰め込まれました」
モードリンは、少し微笑んだ。
「北からの空気に湿気があります。
北では雨が降っているのでしょう。私達は北に向かっているのですから、明日の夜半には雨と遭遇します」
母親譲りの美貌と令嬢らしい仕草が目立つが、モードリンもレプセント辺境侯爵の娘なのだ。
レプセント辺境侯爵家の力は、イグデニエル王国の礎となるはずだったのだ。




