モードリンの道
話しを聞いたモードリンは、礼を言うと侍女と護衛を連れて自室に戻って行ったが、イリオスは、モードリンが納得して引き下がったとは思ってなかった。
だから、モードリンの後を追いかけて、モードリンの部屋近くまで来ていた。
「きゃああ、誰か!」
悲鳴が聞こえて、飛び込んだのはモードリンの部屋だ。
すでに護衛がモードリンを取り押さえていた。その手には鋏を持ち、侍女がモードリンの腕にしがみ付いている。
「モードリン様が髪を切ろうとされてます!」
叫んでいるのは侍女の一人だ。
うわぁ、イリオスは頭をかかえた。
絶対に話を聞いて何かしようとしているんだ、としか考えられない。
護衛が鋏を取り上げると、モードリンは諦めたようにソファーに座った。
「ごめんなさい、こんな騒ぎにするつもりはないの。
ちょっと髪を切ろうと思って」
ニッコリ微笑むモードリンは冷静に見える。
「侍女の様子からみると、少しそろえる程度ではないですよね?」
イリオスはモードリンの正面に座ると、モードリンの髪が少しだけだが肩程度に切れているのが目についた。
侍女がすぐに気がついて、止めたからあの程度で済んでいるのだろう。
「ええ、男装をしようと思って。このままだと危険だと分かってますから」
モードリンの言葉は、イリオスの理解を超えている。
「問題の根本にある畑を、燃やしに行こうと思ってますの」
侍女や護衛が聞いているので、麻薬の畑とは言わないモードリンであるが、イリオスには正しく伝わっている。
軍でホルグブロウ王国を制圧したら、麻薬の栽培地は処分する予定でいたが、まず畑を燃やすと言うモードリンにイリオスは驚きを隠せなかった。
すでに製造している分は仕方ないが、最初に供給源を断つのはいい考えである。
だが、軍で動くには目立ちすぎる。だから、モードリンは自分で行こうとしているのだろう。
「モードリン嬢、その案は僕から陛下に進言しましょう」
だが、とイリオスは続ける。
「我が国には、隠密行動の出来る部隊があります。
モードリン嬢は、兄のためにもここにいて欲しい。その髪を切ったら、兄の落胆はどれほどになるか・・」
うーん、とモードリンは考えるふりをして、口元に人差し指を当てた。
塔に閉じ込められ、凌辱されかかり、目の前で父を殺されての逃亡。
いつまでも清廉な令嬢ではいられない。
力がなければダメだ、と思い知った。
「髪を切るのは止めますから、私を同行させてください。足手まといにならないようにします」
イリオスが首を横に振り、返事をする前にモードリンは言った。
「心配してくれるのは嬉しいし、お世話になっている身は分かっています。
女性だから安全な場所でと言われても、知りたい。
私が当事者です!
この目で、結果も私が負うべき責任も見せてください」
真っ直ぐにイリオスを見るモードリンの気迫は、武将たちのもつものに劣らない。
「モードリン様、髪は切らないでくださいまし。私が編み込みをして邪魔にならないようにいたします。男装しても違和感ないようにいたします。女性であっても知りたいという気持ちはわかります」
侍女がモードリンの味方をしだした。
「私はレプセント辺境侯爵令嬢です。魔核と魔草の知識は誰よりも深い」
魔草の言葉にイリオスが反応するのを見て、モードリンは言葉を続ける。
「瘴気が漂う魔獣生息地に生える草です。魔獣はこの魔草の中毒になっているので、生息地から出て来ないのです」
まるで麻薬のように、と言葉の裏はイリオスに届く。
「モードリン嬢に勝てる気がしない。陛下の謁見を取り付ける」
イリオスは、イグデニエル王国はこの令嬢を手放したのだ、と正しく理解した。
モードリンは王妃になるべく教育を受けた、知識も生半可ではないだろう。
そして、外国の貴族の令嬢であるモードリンにとって、皇太子妃と認められる戦果となるのである。
王は、ケイトリアに似ているモードリンには弱い。
モードリンの希望は聞き入れられ、国でも有数の騎士が護衛として付けられた。




