モードリンの直訴
ガイザーン帝国では、モードリンがアンセルムからの手紙を受け取っていた。
「お母様とセリアが生きてる」
それは、チェイザレからの情報が伝えられていた。
もちろん、ホルグブロウ王国の事は伏せられているが、チェイザレというシェラドールの王子がセリアの情報だけのために参戦したはずがない、とモードリンは考えている。
モードリンは、イグデニエルで王太子妃としての教育を受けていたのだ。
どんなに武術に優れた騎士であっても、数人が参加したことで戦況が変わるはずがない。
セリアと母を隠してでも、参戦しないとならない何かがあるはずだ。
ガイザーン皇帝には、全ての情報がいっているはず。
モードリンはすぐに皇帝に謁見を申し出たが、簡単にいくはずないと知っている。
戦争中なのだ。だが、モードリンこそが当事者であるのに、知らされないことがもどかしい。
父は自分を守って亡くなったのだ。守られるべきだとわかっているが、何もしないでいるのは、耐えれない。
だから、ターゲットを皇帝ではなく、第2皇子イリオスに絞った。
皇太子アンセルムが出陣した後の軍を掌握しているからだ。
すぐに情報は集まった。
イリオスが出陣準備をしている!
アンセルムはガイザーン軍1万を率いて出陣した。
大半のガイザーン兵は、ガイザーン帝国に残っている。
後から参戦するのかと思っていたが、出陣先はイグデニエル王国ではないらしい。
イリオスは王宮の廊下で、兄の婚約者となるモードリンと会った。
モードリンが待っていたという方が正しい。
イグデニエル王国から逃げてきたモードリンは、王家に挨拶をしたものの、すぐにアンセルムの出陣で、会う事はなかった。
モードリンは片膝を折り、ロイヤルカーテシーをして、イリオスの声を待つ。
そうされれば、イリオスも無視して通り過ぎるわけにはいかない。
ましてや、兄が長年傾倒している美しい令嬢である。
「モードリン嬢、お顔を上げてください」
モードリンもイリオスが簡単に教えてくるとは思っていない。
そして、自分にはそれを聞き出す権力はない。
それなら、正直にお願いするしかない。
「イリオス殿下にお願いがあって、お待ちしてました」
モードリンはまっすぐにイリオスを見る。
イリオスもしばらくモードリンを見ていたが、片手を上げて護衛の警戒をとかした。
「部屋を用意させます。侍女殿と護衛も一緒に入りなさい」
話し合いの為に、イリオスとモードリンの二人になる訳にはいかない。王宮に滞在しているモードリンについている侍女と護衛は、王への報告係も兼ねているのだ。
王家の私室の一室のソファーにイリオスが座ると、モードリンが向かいに座る。
「殿下がお答えされないとわかっていて、聞きます。
イグデニエル王国軍と対戦しているレプセント軍を挟み撃ちで狙う軍がいるのではないですか? 殿下の率いる軍がイグデニエル王国に向かわないのは、その軍を派遣した国の国内軍力が手薄になるところを狙う為?
私は当事者です。
ここで守られるのも役目と分かっていても、ガイザーン帝国民の命のうえにいる訳にいきません!
私にもできることがあるはずです」
燃えるような瞳で、背筋を伸ばし、言葉に力をもつモードリンは美しかった。
その場にいる誰もが見惚れた。イリオスもだ。
膝に肘を立て、組んだ手に顎を乗せてイリオスは息を吐いた。
「僕に確認するということは、兄上からは何も知らされていない、ということか。
そして、僕ならば陥落できると思われたのかな?」
モードリンは首を横に振る。
「いいえ、殿下はお話されないと思っております。
ですから、正直にお聞きしてます。私には誠意しかありませんから」
「参った。
モードリン嬢は何の情報もないのに、この城の状態だけで、そこまで推測したということか。
美しく、賢い。しかも正直であろうとする。
僕に勝ち目はないな。
少しの間だけ、モードリン嬢と二人にしてくれ」
イリオスは護衛と侍女達が部屋から出るのを確認すると、口を開いた。
「僕が向かうのは、ホルグブロウ王国だ」




