セリアの選んだ道
国境は難なく越えたが、シェルステン王国から離れるにつれ、難民らしき人間が目につきだした。
内戦ともいえるレプセント軍の蜂起で、イグデニエル王国から多くの人間が逃げてきているのだ。
ここは、イグデニエル王国とシェルステン王国の間にある国だ。
それで利益を得ようとする人間達も集まっている。
商人だけではない、傭兵と思われる類の人間も多い。
「うわぁあ!」
「止めるんだ!」「斬ってしまえ!」
怒声が飛び交っている一画があって、セリアはそちらに目を向けた。
数人の男が剣を振り上げていた。
街の中で危険すぎる。周りも無暗に近寄れず、応戦に苦労しているようだった。
剣を振り回している男達は何か叫んでいるが、呂律が回っていない。
酒に酔っているようにも見えた。
だが、ルドルフはその痴態を知っている。
「麻薬だ」
セリアはルドルフを振り返るが、ルドルフは平然としている。
「昔、隠密捜査で仲間が接触した人間が麻薬を使っていた。仲間は麻薬中毒にされ、我々は身近で見ていた」
ルドルフは、慌てて付け足す。
「もちろん、仲間は助け、薬物中毒の治療をした」
「あの男の目が揺れているだろう?酒とは違う。
傭兵のようだな。ホルグブロウ王国に雇われていたのだろう」
麻薬中毒の特徴をあげるルドルフ。
「俺らはレプセントを倒すんだ!」
男達が突然奇声を上げ始めた。
「あははは!」
レプセント、レプセントと大声で復唱しながら剣を振り、壁を蹴る。
鈍い音がして、骨に異常があったようなのに平然と歩く。
「理性もなくして、痛みも感じない。だから、傷を負っても死ぬまで動くんだ。それがホルグブロウ産の麻薬の作用だ」
セリアとケイトリアを守るようにしながら、ルドルフが説明する。
「ルドルフ、彼らはレプセントと叫んでいるわ。
ホルグブロウ王国は、レプセントを狙っているの?」
セリアだってわかる。
イグデニエル王国内では、王国軍とレプセント軍が戦っている。
レプセント領地の警備は手薄だ。
それか、レプセント軍の背後から攻撃をしかけて、王国軍と挟み撃ちにしようとしているのかもしれない。
この男達がどうしてここにいるかは分からない。逃げ出して来たのか、使い物にならないと放置されたのか。
だが、どこかでレプセント軍と対戦するよう指示された記憶が残っているのだろう。
「ルドルフ、私、ガイザーン帝国には行かない。
これをお兄様に知らせるわ」
セリアが馬の踵をイグデニエル王国に向ける。
「セリア、待ってくれ。焦ってはダメだ」
セリアの馬の前にルドルフの馬が出て来る。
「ガイザーン帝国が、この情報を持っていないはずがない。
まずは、あの男達から情報をとろう」
ルドルフは馬から飛び降りると、ロープを手にして向かう。
痛みを感じない男達の動きを止める為に、ロープを男達の足に絡ませて転げさせ素早く身体を縛った。
一人、二人、と手際よく男達全員を縛り上げると、街の人々から拍手が起こる。
それでも男達は大声で呻いているのだが。
セリアはルドルフの技術の高さに驚いていた。
この人は、王子と諜報するに十分な武術を身に付けていると納得するのだった。
街の役人が来るまで、ルドルフは男達と何か話しているようだった。
麻薬中毒であっても、いくつかは本当の事をいっているのだろう。
「あの男達は、傭兵隊からはぐれたようです。
どうやら、麻薬に侵された傭兵隊にレプセント軍と対戦するよう指示が出ているらしい」
ルドルフの話を聞いていたケイトリアが、大きく頷く。
「セリアの言う通りよ、すぐにユージェニーに知らせましょう」
今度はルドルフも止めなかった。
やっとの思いで逃げ出したイグデニエル王国に向かう。
シェルステン王国は、イグデニエル王国軍とレプセント軍の共倒れを狙って画策をしてくるだろう。
そして、レプセント軍を走破しようとする傭兵隊は正面からこないだろう。
セリアは逃げ回ったことは無駄ではなかった、と思う。
兄の足を引っ張ろうとする者達の存在を知ることができたのだから。




