イグデニエル陣営
「殿下!」
お下がりください、と総司令官がエルモンドを奥に追いやろうとする。
レプセント軍が突入してきているが、数では圧倒的多数なのだ。それでいて、押されているのはありえない。
「どういうことだ? こっちは3万の兵だぞ」
エルモンドの視界にも、軍内部で問題が起きているのが確認できる。
貴族子弟を徴兵したのは、貴族の王家への忠誠を見る為だった。訓練期間もなく戦場に配置したのは、貴族子弟ならば、幼少のころから武術の訓練を受けているからだ。
それが裏目にでた。
「くそっ」
エルモンドも剣を手に取り、馬に乗ろうとして総司令官に止められる、
「危険です!おやめください」
「総司令官、この状態で僕が士気を奮い立たせねばどうする!」
エルモンドは総司令官を払いのけ、騎乗すると馬の腹を蹴る。
エルモンドを乗せた軍馬は、最後尾から前線へと向かう。
「勇敢なるイグデニエル軍よ!続け!!」
剣を振り上げ、声をあげたエルモンドは、前線の歩兵隊に飛び込みレプセント軍と剣を交える。
実戦の経験はないが、最高の師匠に剣術を習ってきた王太子である。
エルモンドを追って、守るように騎士が囲む。
後方から飛び出して来たのが王太子とわかると、イグデニエル軍に活気が出て来る。
ザシュッ!
ブラウン・シェラドール公爵子息は剣を受けて、左腕から血が吹き出す。
王太子に向かったブラウンだったが、仲間が次々と斬られて、ブラウン自身も刃をあびた。
タイミングを狙ったとはいえ、イグデニエル陣営を切り崩していくのは
「こっちだ!」
声のする方を振り返れば、向かって来る数頭の馬。
延びた手に身体ごと馬上に引き揚げられ、ブラウンを抱えた男は馬のスピードを上げてイグデニエル陣内を駆け抜ける。
進行の邪魔になる兵を馬上から斬り捨てて進むのは、戦い慣れた姿である。
ブラウンを助けたのは、イグデニエル軍に潜伏していたガイザーン兵である。
同じように数名が助けられている。
ブラウン達を乗せた馬と反対に、数騎がイグデニエル軍に突入していく。
「よくやった」
先頭を駆ける男が、短い言葉をかけてすれ違う。
その男はアンセルム・ガイザーン、一直線にエルモンド・イグデニエルに向かう。
ガガーン!!
重い音がしてアンセルムが振り降ろされた刃を、エルモンドが受け止める。
「殿下!」
両方の守護騎士が叫ぶ。
「殿下?」
いぶかしげに言ったのはエルモンドだ。
「アンセルム・ガイザーンだ」
にやりと笑って、アンセルムがさらに剣を振るうと、エルモンドを守る騎士が斬られて馬から落ちる。
カンカンッ!
騎士が打ち合う音が響き、イグデニエル軍とガイザーン軍の戦闘になっている。
ガイザーン帝国軍が宣戦布告し、レプセント軍に合流した情報はあったが、王太子自ら出撃している情報はなかった。
エルモンドは、どうして?、という疑問が先にたった。
「モードリンは私のものだ」
アンセルムの剣は、躊躇なく振り降ろされる。
かろうじて剣先をさけたエルモンドの目が見開く。
「お前がモードリンを攫ったのか!!」
アンセルムの誘導にのってしまったエルモンドが、大きく剣を振り上げる。
そこをすかさずアンセルムに斬りつけられた。
エルモンドは避けきれず、手綱で受けたが脇腹をかする。
「攫ったのではない!助け出したのだ!」
アンセルムが横から剣を振るうのを、馬が突進してくる。
「殿下!」
エルモンドの加勢がアンセルム達を囲う。
アンセルムが舌打ちをして、馬の踵を返すと騎士達も続く。
ガイザーンの騎士が活路を開き、アンセルムが続く。
アンセルムもエルモンドも悔しい思いを残した。
もう少しで斬れた、とアンセルムは思うが、イグデニエル軍をもっと減らさないと勝機はこない。
脇腹を押さえながら、エルモンドは剣で敵わないと悟る。
しかも、モードリンはガイザーン帝国にいるのだ。
あの男が!
ここで、あの男の首を取れば!




