イグデニエル王国に仕掛けられた罠
説明をするチェイザレをユージェニーは見つめた。
シェルステンの王子チェイザレ、初めて会うこの男を信用している自分。それは、この男がアンセルムと同じだからだ。
妹が認めた男。妹を愛し、裏切ることがない男。
チェイザレは、地図にある一つの国を指さした。
それは、数年前までは小さな国だったが、近隣小国を吸収し、領土を拡大していた。
決して軍事力が強大でも、優れた騎士団がいるわけでもない。
それは王族として、アンセルムもチェイザレも要注意をしている国である。
だから3年前、国を出たチェイザレが最初に向かった国であり、今も情報を集めている国でもある。
「このホルグブロウ王国は麻薬を栽培していて、自国の兵士に使っている。兵士は痛みを感じなくなり、理性を失くした分、無謀な力を出す。
麻薬の使用方法はそれだけではない」
チェイザレは、アンセルムを見た。大国のガイザーン帝国の王太子が情報を持ってないはずがないのだ。
「我が国でも、麻薬栽培の情報は持っているが、輸出して外貨資金にしているという事だ。
商人を通じて流入することがないよう、我が国では重罪としている。
兵士に使用して一時的に力をつけたとしても、その兵士は使い物にならなくなるだろう。それで短期戦で勝っても、戦争という長期戦には勝てない。
それ以外とは?」
アンセルムがチェイザレの思惑を受け取って、答える。
「レモージュ王国は、3年前に吸収された国です。
若き王がいましたが、街の視察に行ったおりに子爵令嬢と知り合い、愛妾として宮殿にいれました。
その子爵令嬢は、ホルグブロウから養女にした娘でした。
まず王に近づき弱い麻薬の煙をかがせて、思考を弱らせ油断させます。そして床入りで強い麻薬を用いて精神を壊す。
王は子爵令嬢の意を優先するようになって国政は乱れ、ホルグブロウ王国の宣戦布告に、無条件降伏するのです。まるで統治を知らない子爵令嬢が政策をしているような、幼稚でその場しのぎの指示が続いていたようです。
王を諫めようとした忠臣は任を解かれ、処罰されてました。
その当時の王は生気のない表情で、操り人形のようだった」
チェイザレの言葉に、アンセルムとユージェニーは息を飲む。
イグデニエル王国でも王太子と王が同じような状態だが、麻薬を使っている確証などない。
「小国と言えど、王族は薬物には細心の注意をし、警備も厳しい。麻薬も同じだ」
アンセルムはありえない、と反論する。
チェイザレは首を振って、続ける。
「私は、罠をかけて試したのです。
当時、たて続けに小国が吸収されたので、側近の一人を私の代役としました。
シェルステン王国の王子として遊学中と、ホルグブロウ王国に入りました」
代役に立てるということは、行動を見張り、助ける準備をしていたのだろう。
「街で若い令嬢が、風貌のよくない男達に絡まれているのを助けました。その時に、何か臭いがして、意識が途切れがちになったようです。
それが、弱い麻薬です。
その後、もう一度その女性に会いたくなって連絡を取り、中毒状態になっていくのです。
二人で寝室に籠るようになると、強い麻薬を焚かれ、その令嬢の言葉に従わなばならないと強迫観念に陥ったらしい。
我々はその時点で側近を救い出し、薬物依存治療を施しました。
けれど、中毒状態の振りをして、令嬢と接触は続けました。
彼女は側近が代役をしているとは知りません。側近がシェルステン王国の王子と思っていました。
国に帰って王と王太子を殺して、王に成って彼女を迎え入れろ、と言ったのです。
それで、密かに令嬢を取り押さえ白状をさせました」
ユージェニーもアンセルムも黙って聞いているが、そのような女性を白状させるのは、まともな方法ではないだろう。
「令嬢自身も麻薬中毒者で、ホルグブロウ王の指示に従ってました。
シェルステン王国の王子が王になったら、国境を接していないホルグブロウ王国の飛び地として属国にするつもりだったらしい。
我々は、すぐにホルグブロウ王国を出て、他国を調べました。
怪しい令嬢がいて国政が乱れ、ホルグブロウ王国に抵抗なく吸収されている国が見受けられました。
現在、イグデニエル王国が、それと同じ状態になっているのではないか」
どこの国も他国に間諜を放っているが、チェイザレの言葉は、間諜の観点では調べないことだった。
そして、言われれば思い当たる事ばかりで、イグデニエル王国がそうなのであろう、と思わせた。
だからと言って、王と王太子のしたことが許せるわけではない。
レプセント辺境侯爵は殺されてしまったのだから。
もう、蜂起した軍は止められないし、止めようとも思えなかった。
ユージェニーもアンセルムもチェイザレも、わかっていた。
ただ、イグデニエル王太子の様子は、中毒であってもモードリンに固執していると思えた。
それなら、公務をさせるとしても側妃は必要はないのだ。




