戦争という現実
レプセント軍が偵察隊を放っているように、王国軍も偵察隊を放っていた。しかも、偵察だけでなく、彼らは任務を負っていた。
「軍を脱走してきました。どうか助けてください」
イグデニエル王国軍から逃げてきたという5人の男達は、王国軍が諜報として送り込んだ兵である。
「どうして、軍から逃げ出したんだ?」
対応しているのは、レプセント軍の副隊長だ。
男達は報奨の金額に目がくらんで、この任務を引き受けたのだ。
「昔、魔核のおかげで命が助かったことがあって、レプセント軍に憧れていたのです」
全て準備していた答えだ。
「そうか。だが、うちでは受け入れられない。安全な所に逃げるがいい」
訓練を受けていない人間など、足手まといでしかない。
王国軍で訓練を受けている兵であっても、レプセント軍の訓練とはレベルが違う。
ましてや、信用のない人間を軍内に入れることは出来ない。
「やっと逃げてきたんです!」
なんとかレプセント軍に入り込まないと、報酬が得られない。
そして、ユージェニー・レプセントでなくとも、レプセント軍の騎士を葬れば、人数に合わせて報酬は跳ね上がる。
軍の内部に入り込めば、油断もする。
「今は戦闘中だ! すぐに出て行け!」
副隊長が声を荒げても、戦闘中であるために目立つことはない。
男達は諦めるどころか、それなら副隊長を始末して報奨を得ようと剣に手をかけた。
ヒュン!
「ぎゃあああ!」
一人の男の手が、ゴロンと転がった。
他の4人の男も、斬られて呻き転がる。
「怪しいと思ったんだ」
レプセント軍の騎士の一人が、剣を手に立っていた。
「隊長に報告してくる」
副隊長は、もだえ苦しんでいる男達を見下しただけで、立ち去る。
「内側から切り崩そうとするのは、戦略の一つだ。それにひっかかると思ったか?」
呻いている男の一人が剣を持ちながら立ち上がろうとしているのを、騎士はさらに斬りつけた。
戦争は、斬り合うだけではない。
そして、ユージェニーは常に暗殺の対象となったのだ。
飛んでくる矢を剣ではねのけながら、ユージェニーは敵軍に斬り込んだ。
「はぁ!」
ユージェニーが大きく剣を振れば、イグデニエル王国兵は、馬から跳ね飛ばされ血しぶきをあげて落ちる。
その姿を見れば、無駄死にしたくないと王国兵は逃げる者さえ出てくる。
圧倒的に数の不利でありながら、レプセント軍は負けていない。
そこにガーランド軍が加勢して来ると、レプセント軍が押す形になる。
一時的にレプセント軍が押したとしても、やはり数の差は大きい。
レプセント軍も大きな被害がでていた。
ガイザーン帝国軍の従軍医師が負傷者の治療をするテントに、ユージェニーはいた。
自身の傷の手当だけではない、重傷者の視察、死者への哀悼、握りしめた拳は血が滲むぐらい力が入っている。
噛み締めた唇は震え、言葉にはしないが苦しんでいるのが周りにも察せされる。
200人ほどのレプセント軍である。どの騎士も顔見知りだ。
チームを組んで魔獣討伐の為に、魔獣の生息地に入る仲間だ。お互いの命を預け合う友だ。
ユージェニーは遺体の横に跪き、祈りを捧げる。
戦闘が始まって最初の夜は、友の弔いの祈りが続いた。
生気の無くなった顔を見る。
彼の奥さんはもうすぐ出産なのに、父親のいない子供になる。
あの槍使いを、もっと警戒すればよかった。
後悔ばかりが押し寄せる。
これを背負っていくのだ。
ユージェニーは心奥深く、覚悟を再確認する。




