戦闘開始
これから、レプセント辺境侯爵家の兄妹が交差してきます。
エルモンドの思い、国の運命、勝つ者も負ける者も、深い思いがあります。
レプセント軍が、周辺領土を通過できず迂回した為に、王都近郊に着くのにかなりの日数を要した。
イグデニエル王国軍はその間に、十分な用意をしていた。
王太子エルモンドが陣頭指揮をとり、周辺に配置していた軍をも呼び戻していた。
その数4万の兵士。
エルモンドが貴族の子弟を徴集しており、各部署に配置されていた。
「王国軍は、街の外で陣をはっております」
偵察隊が戻って来て、イグデニエル王国軍の様子を報告する。
報告を受けるユージェニーの指には、レプセント家当主の指輪。その指輪で当主として認められ、権限も大きくなる。
王国軍は王都を戦場にしない為に、王都から離れた街の外でレプセント軍を待っていた。
武器弾薬を運び、罠を仕掛けている。
「明日にはぶつかることになるでしょう。
殿下、ガーランド帝国軍も無傷ではいられないでしょう」
ユージュニーは合流して、傍らにいるアンセルムに問う。
「それが戦争だ。すべての責任を負う覚悟はあるか?」
反対にアンセルムがユージェニーに問う。
ユージェニーは言葉なく頷く。その瞳が揺らぐことはない。
ポン、とアンセルムがユージェニーの肩をたたく。
「必ず、生きて帰る」
ガイザーン帝国は、イグデニエル王国に宣戦布告をしている。簡単に引き下がることはない。
ましてや、イグデニエル王国は戦争から遠ざかっていた。
その点において、ガイザーン帝国は数で劣っても、有利なのだ。
翌日の夜明けとともに、戦闘が始まった。
怒声、地響き、土煙、剣のぶつかる音、悲鳴。
だが、戦闘は始まってすぐに、イグデニエル王国軍から一群が白いハンカチを手に、レプセント軍に向かってきた。
「まて! アレを討つな!」
ユージェニーが声を張り上げ、味方軍にその一群と戦うなと命令する。
一群はユージェニーが将校として指導していた部下達だった。
驚いているのは、レプセント軍だけではない、王国軍は混乱している。
「裏切者だ!
討ち取れ! 敵軍に寝返らせるな!」
戦闘に立つユージェニーと違い、軍隊の後方で命令しているエルモンドが叫ぶ。
追いかけて来るイグデニエル兵を斬り捨てながら、一群は逃げ切った。
レプセント軍に合流して彼らは、ユージェニーに膝をついた。
「レプセント辺境侯爵閣下をお助けできなくって、申し訳ありませんでした」
イグデニエル軍を脱走するのに、無傷という訳にはいかなかった。
血を流しながら、頭を深く下げる彼らに、ユージェニーは心が熱くなった。
「あれは時の運命だった。誰も助けられなかった」
ユージェニーは自分に言い聞かすように、諭す。
「それより、君達の脱走は、イグデニエル軍に大きな衝撃を与えたに違いない」
「隊長」
彼らは、ユージェニーを将校であった時の呼称で呼ぶ。
「僕らが脱走できたのは、協力があったからです」
思いがけない言葉に、ユージェニーとアンセルムは目を見張る。
「武官でない貴族子弟も徴集されているのですが、軍の統制が壊れています。
その中の一人が、僕達の側にいた騎士達の気を取ってくれて、僕達はその間で脱出できたのです」
貴族達に忠誠を誓わせるためにしたことが、エルモンドの首を絞めるのだ。
貴族子弟でも低位貴族は前線、高位貴族は後方部隊と分かれれば、貴族の信頼をなくすのは当然だろう。
すでに内部分裂が起こっているのかもしれない。
徴集された子弟の中に、ブラウン・シェラドール公爵子息がいた。
彼が、軍の中の不満を煽るように誘導していた。




