一通の手紙
ユージェニーは、届いた手紙の差出人を確認した。
バレンティーナ・シェラドール公爵令嬢。
シェラドール公爵家ならば、この状況がいち早く届いてるだろう。
レプセント辺境侯爵家が、王太子暗殺未遂で王家に謀反を起こし、長男は王家に反旗を翻す為に王都を出て、領地に向かったということを。
だから、公爵家所有の非常通信用の鳥がレプセント領地に手紙を運んできたのだ。
婚約破棄の書類だろうか。
それぐらいしか、思い当たる事はない。
長く婚約者であったのだ。
大儀になる前に、早く破棄せねばなるまい。それが礼儀だろう。
破棄でなく解消であれば、温情があったと考えながら、ユージェニーは手紙の封を切った。
そこに書かれている内容に、目頭が滲む。
短い文であるが、ユージェニーが欲しい内容と、して欲しい事が書かれていた。
そして、それはバレンティーナの心遣いであった。
もしかして、王家の策略でユージェニーを誘き寄せるためかと、一瞬思ったが、バレンティーナはそういう人間ではない、と思い直す。
自分達に激情はなかったが、穏やかに信頼関係を育てていた。
それを、痛感する。
「バレンティーナ」
この手紙は、シェラドール公爵家がレプセント辺境侯爵家に敵対しない事の証明でもある。
シェラドール公爵家が味方に付いたと考えると、戦況が違ってくる。圧倒的数の不利ではあるが、王都周辺で高位貴族軍の襲撃の警戒は少なくなる。
シェラドール公爵が、取りまとめてくれる可能性が高い。
王国軍も、内部から崩しにかかるだろう。
だが、父上は亡くなられた。
「ロンバル、トリスタン」
ユージェニーは二人を呼ぶ。
はっ、と声が聞こえて二人が側に来た、
「父上が亡くなられた。
今より、私がレプセント辺境侯爵を名乗る」
ユージェニーの言葉は、二人だけでなく、周りの多くに聞こえていた。
だが、声は上がらずに沈黙が静けさとなる。
「前レプセント辺境侯爵の遺体は、王宮前の広場に晒されている。
モードリンの生死は不明。
前辺境侯爵の遺体を奪還し、モードリンを探し助け出す!」
ユージェニーの言葉に、おお!と地響と怒声が飛び交う。
「王都に向かって進軍!!」
ユージェニーが拳を上げ、軍馬が駆ける。
出立するレプセント軍、見送る領民と使用人達。
それぞれが覚悟を胸に、駆ける。
死が間近にある。
圧倒的多数の王国軍。
だが、誰も逃げ出す者はいない。レプセント軍の名誉をかけて。
先頭を駆けるユージェニーを乗せた馬は、風を切り駆け抜ける。
ユージェニーの目は充血して赤く染まり、頭の中は様々な情報が巡る。
これからの戦闘のこと。
戦略、他領地の地形、王都への進入路。
父の死、妹二人と母の生死。
そして、バレンティーナ。
このような状態でも援護してくれる頼もしい存在とは、思いもしてなかった。
婚約破棄されるものと思っていたのに、自分の思い違いだった。
自分とバレンティーナには、確かな絆ができていたのだ。
会いたい、今、君に会って抱きしめたい。
ユージェニーは、生きる意味を一つ見つけた。
そして思う。今の状況でレプセント辺境侯爵の味方と公表するわけにいかない。王家と敵対することになるのだ。
シェラドール公爵家は、内密に動くだろう。
どうか、バレンティーナに危害が及ばないように願う。
自分が側で守ってやりたい。
自惚れかもしれないが、バレンティーナがユージェニーの為に、危険を顧みずに情報を集めるような気がするのだ。
ユージェニーは、父と妹が王宮で拘束されたと聞いた時から、止まっていた時が動き始めたような感覚を感じた。




