バレンティーナ・シェラドール
王家がレプセント辺境侯爵とモードリン嬢を拘束したことは、貴族達の間に激震が走った。
最近の王太子の言動が高位貴族達の信頼を得てなかっただけに、レプセント辺境侯爵を擁護する声があがるが、王家が反応することはなかった。
シェラドール公爵家でも、大きな衝撃であった。
貴族議員であるシェラドール公爵は、王宮でレプセント辺境侯爵が拘束され地下牢に連れていかれるのを目撃したのだ。すぐに内偵を放ち、情報収集に乗り出した。
すぐに公爵邸に戻ると、長男ブラウンと長女バレンティーナを呼びつけた。
バレンティーナは、ユージェニー・レプセントの婚約者である。
ブラウンは言葉少なく話を聞いていたが、バレンティーナは口元を手で押さえ震えている。
「王太子殿下は毒に倒れ、犯人としてモードリン嬢は、西の塔に監禁されたようだ」
公爵が言えば、ブラウンが皮肉気に口を開く。
「罠に違いないが、証拠もなく、犯人をしたてて早急に処断しようとしているのは、分かり切っている。
王家の信頼は無くなった。
それでユージェニー殿が領地に向かったのなら、レプセント軍で蜂起するだろう」
「お母様、まさか、王家につくなどと考えてないでしょう?」
バレンティーナが母親であるシェラドール公爵に確認する。
「ああ、王家の非道を認めれば、貴族制度が崩壊するかもしれない。
だが、王家は王国軍3万の兵を王都近郊に配備している。レプセント軍であっても打破できないだろう」
シェラドール公爵の入り婿は王弟だ。
音楽をこよなく愛し、政治に関わることはない。
シェラドール公爵家の一人娘であったギネビアが王弟と結婚し、公爵を継いで、貴族議員として登城している。
「密偵はすでに放ったのですね?
僕は、辺境侯爵とモードリン嬢の監禁先を確定させて、助ける手立てを探します」
ブラウンが立ちあがり、時間がないと部屋を出て行く。
残された公爵とバレンティーナは向き合った。
「お母様、だからといって、王家の手前、表立ってユージェニー様を支援はできませんでしょう?
どうか、私を破門してください」
バレンティーナが母親に深く頭を下げる。
「ならぬ。
レプセント辺境侯爵領に向かうとしているのなら、許可するわけにいかぬ」
ギネビアは、少し息をは吐いて、ゆっくり言う。
「ユージェニー侯子との婚約は政略で、バレンティーナが即座に領地に行きたいと言う程の仲とは知らなかった」
「穏やかな関係をもって結婚すると思ってました。
けれど、ユージェニー様が蜂起するというのなら、お側で支えたいと思ったのです。
積極的に蜂起したレプセント辺境侯爵家と接点を持つのは、シェラドール公爵家にとってはリスクが大きすぎます。だから、どうぞ、私をシェラドール公爵家の娘から外してください」
バレンティーナの決意は固いようだ。
「お前が領地に行って何ができる?
だが、王都で侯子を助けることはできる。王都の情報が何より欲しいだろう」
ギネビアはソファーに深く座り、ニヤリと笑みを浮かべる。
力が抜けたように、バレンティーナもソファーに座り直す。
「ええ、そうですわ。お母様のおっしゃるとおりです。
ここなら、私にしか出来ないことがあります」
バレンティーナは母親の手を取った。
「お願いがあります。
王都のレプセント辺境侯爵家で働いていた、使用人達を一時的に我が家で受け入れてもらえませんか?
私は、ユージェニー様に手紙を書きます。
お兄様が公爵とモードリンの監禁場所を見つけたら、手紙で知らせます」
バレンティーナは王宮や王都の情報を、ユージェニーに知らせようとしているのだ。
だが翌朝、シェラドール公爵家をはじめ、多くの貴族に衝撃が走る。
謀反人として、レプセント辺境侯爵の遺体が王宮前の広場に晒されたのだ。
バレンティーナがユージェニーに向けた手紙は、
『レプセント辺境侯爵の遺体が、王宮の広間に晒されています。
昨日の夜に王宮で処刑されたようです。情報が錯綜しています。
モードリン嬢の生死は不明、手の者を近衛に入れて探らせてます。
バレンティーナ・シェラドール』
ブラウンが確認に行ったが、遺体はひどい状態で、監視が厳しく近寄ることは出来なかった。




