逃走の結果
セリアは道具部屋を見つけ、その奥に隠れた。
はぁはぁ、息を整えようとしても、逃げて体力の無くなった身体ではうまくいかない。
部屋の外では、人々が駆けまわる足音が響いている。じきにこの部屋も確認されるだろう。
窓から落ちたはずのセリアの身体がないのだ。逃げたか、連れ去られたか、庭も建物も徹底的に捜索されるはずだ。
それにしても、侍女達は何故あんな大胆な事をしたのだろう?
警備の兵が場を空けたのは、僅かな時間だ。すぐに戻って来るのはわかりきっていたはずだ。
大きな袋を見て拉致されるかと思ったが、袋は人間を入れる為ではなかったとしたら?
考えに耽っていて、反応が遅れた。
誰かが部屋に入って来ている。
音を立てにないように、両手で我が身を掴んで身体を縮こまらせる。
どうか、見つかりませんように。セリアの祈りは空しく、天には届かなかった。
「なかなか、可愛い事をするじゃないか」
見つけた、と王太子ライデンがセリアの手を掴んだ。
抵抗しようにも、体力が尽きているセリアにはライデンの手を振り払う事さえできない。
「あの侍女達は、すでに処分したから安心したまえ。恐かったね。こんなとこに隠れて、侍女から逃げようとしたのだね」
フルフルと震えるセリアを見下して、ライデンは口元を緩める。
「他にも逃げたい事があるのかな?」
セリアは王宮からの逃走の失敗を悟ったが、それを表情に出したら、さらに警備が厳しくなるのは間違いない。
「怖くって、無我夢中で・・」
母がよくしていた仕草で、セリアは肩を震わす。その仕草に、父が母の言いなりになっているのを身近で見てきたのだ。
「ああ、ほんとうに可愛いね。疲れて、もう動けないのかな?」
ライデンがセリアを抱きかかえようとした時だ。外から声が聞こえた。
「誰の命で扉を閉めているのですか? 開けなさい」
王妃の声だ。
ライデンが、チッと舌打ちをして顔を上げた。
扉が開いて王妃が入って来ると、ライデンは立ち上がるが、セリアは座り込んだままだ。
王妃はライデンを見たが、すぐにセリアに視線を移す。
「騒ぎは聞いたわ。侍女に襲われたそうね、逃げれて良かったわ。
王宮での管理不行き届きは、私に責があるわ。
他の部屋を用意したから、ライデン、運んであげてちょうだい」
これは逃げきれない、とセリアは観念するしかなく、ライデンに大人しく運ばれたのだった。
前の部屋からは離れた場所に、新しい部屋はあった。
セリアをソファーに降ろすと、ライデンは王妃に部屋から追い出された。
「あの侍女は王太子妃の侍女達よ。王太子妃が関係してない、とでも?」
王太子妃が指示したと疑惑を向けられては、王太子であるライデンは自分の妃の処遇を対処せねばならない。
疑惑を晴らすか、処分するか。
ライデンが部屋から出て行くのを確認すると、王妃は人払いをした。
「出て来なさい」
隣の寝室から出てきたのは、チェイザレだ。
「ありがとうございます、母上」
王妃は片手を額に置くと、首を横に振った。
「確かに綺麗なご令嬢ではあるけれど、ライデンは王太子として妃も子供もいる身。
これ以上の噂を立たすわけには、いきません。
セリア嬢に非がないのは分かってます。連れて行きなさい。
領地療養に向かわせたと、手配しておきます」
セリアは礼をしようとして立ったが、よろけてしまう。
チェイザレが慌てて支えるのを見て、王妃は哀しそうに笑みを浮かべる。
「王太子妃を許せとは言わないわ。
哀れな立場だと、理解してやって欲しいの」
「はい」
セリアは、チェイザレに支えてもらって礼をする。そのままチェイザレがセリアを横抱きに抱え、出て行こうとするのを、王妃は後ろから声をかける。
「元気で暮らしなさい」
別れの言葉だった。
セリアは、イグデニエル王国からもシェルステン王国からも、逃げる身となった。
だが今度は、最初からチェイザレと一緒だ。




