逃げ道
王太子ライデンからの返事は、拒否だった。
手紙ではなく、ライデンは直接会いに来た。
ライデンは、花束を手に持ち優しい微笑を浮かべているが、セリアには胡散臭く見えて仕方ない。それを表面にはださず、セリアも笑顔で受け取る。
「ずいぶん辛い思いをさせて申し訳なく思っているが、夫人の治療を考えても王宮の医師団が最高であると思える。今は、貴女達の安全が最優先で、王宮が一番警備が厳しく安全なのだ。
侍女は入れ替え、心穏やかに過ごせるよう手配した」
チェイザレと同じ兄弟と思えないほど、ライデンは女性好みの顔をしている。本人もそれを分かっているのだろう。
王太子が説明に来れば、客人の立場でこれ以上の我がままを言うわけにはいかない。
「わかりましたわ」
ちゃんとごまかせているだろうか、セリアは不安になりながら笑顔を見せる。
「ああ、か弱い令嬢にとっては、悪意にさらされるのは辛いことだ。私が責任をもって、指示した者には懲罰を与える。これからは、どうか私を頼って欲しい」
セリアの意図ではないが、ライデンはセリアを高位貴族らしい大人しい令嬢と受け取ったようだ。
「いえ、王太子殿下にこれ以上の御迷惑をかけるわけにいきません。それに、私の婚約者はチェイザレ殿下ですから」
セリアが婚約者を強調すれば、王太子は面白そうに笑う。
「ああ、そうだった。ご令嬢は大人しいだけの令嬢では、なかったのだな。
だから、泣き寝入りせずに事を荒立てないのは、離宮に行った方がいいと考えたのか」
「そんな大層な事は考えておりません。ただ、母を安静にさせたいだけなのです」
王太子がセリアに好感を持っているのは間違いないのだろう。セリアの言葉を好意的に取るようだ。
「そういうことにしておこう。後は任せたまえ」
王太子が部屋を出て行った後、セリアはソファーに座り込んだ。
怖かった。
自分よりずっと年上の権力のある男性を相手に、言い含まれないよう対応するのは、まだ17歳のセリアにとって大変なことだった。
でも、兄を守りたい。
セリアは手を握りしめて、チェイザレの姿を思い浮かばせる。
チェイザレには、兄と父を裏切ってと言ったのだ。
チェイザレは戸惑うことなく、セリアを信じてくれた。これでよかったのだろうか?
兄を助けたい自分は、チェイザレに兄を捨てさせた。
他国の紛争で利を得て、国を大きくするのは王族として間違っていない。立場が違うだけなのだ。
そう、私と王太子、王は立場が違う。決して相容れられない。
セリアは、握りしめた拳に力を入れる。
セリアは何かを感じた。それが何かと分かる前に扉が開かれ、侍女達が大きな袋を持って入って来た。
見覚えのある侍女は、王太子が入れ替えると言ったはずの侍女達だ。
セリアの指示を受け入れず、嫌がらせをしてきた侍女達である。
王太子の指示で侍女を外されたことに、セリアに逆恨みしたか、逆恨みした誰かの命令だろう。
護衛が王太子を送って行った隙に、部屋に乱入してきたようだ。その手に持つ大きな袋に違和感を感じ、最悪の事態を想像する。セリアとケイトリアを拐おうとしているのだ。
その目的が、害するためであるのは、他間違いない。
手近にある物を投げつけたら、派手な音をたててカップが割れる。
「きゃあ!」
セリアは大声をあげて、近くにいるだろう護衛に知らせる。
この混乱に乗じて逃げれないかと、侍女達から逃げながら、扉から廊下に飛び出すと、音を聞いた護衛達が走ってくる。
その後ろには、王太子とチェイザレ。
セリアはチェイザレに目配せをすると、廊下の窓から飛び降りた。
「セリア!!」
叫んだのはチェイザレかライデンか、それとも両方か。
セリアは窓から、飛び出すと、階下の部屋の窓から中に入り、隣の部屋へと人目を避けて移る。
外では、窓から落ちたであろうセリアを探す声が聞こえる。
「探せ! 侍女達に白状させろ!」
セリアは、狼藉をはたらく侍女達から逃げたようにしか見えなかった。
ライデンは、騎士達に辺りを捜索させる。
まさか、貴族令嬢が飛び出す反動を使って階下の部屋に飛び込でいるなど、想像もしないだろう。
部屋に乱入した侍女達を捕縛する騎士に混じって、ルドルフがケイトリアを安全な場所に移動させると、抱き上げて部屋から連れ出した。
セリアを探すことに気を取られて、ケイトリアに注視する者はいなかった。




