知らなかった国の姿
王都の門を出ても街は続いている。野畑があるわけではない。
門の中に住むことができなかった住人たちの街である。
王都からも、この街からもたくさんの人が逃げ出し、戦場から離れようとしていたが、行くあてのある者ばかりではない。
馬車が街から離れるにつれ、歩いている人も他の馬車も少なくなる。
馭者台に座るチェイザレとルドルフは、異様な辺りの様子に駆け抜けようとしたが、馬車の窓からセリアは見てしまった。
たくさんの人が倒れていた。
「チェイザレ、停めて! 子供が泣いている」
倒れている人達は強盗に襲われたのだろう、荷物が荒らされて散乱している。時間が経っているのか、流れた血も乾いている。
その中に子供が二人座り込んでいた。親が殺されたのか、子供は泣いていた。
馬車が停まると、セリアは子供のところに駆けて行った。
「ダメよ、セリア!」
後ろからケイトリアが止めていたが、セリアは夢中だった。親を亡くした子供の姿が、父親を亡くした自分に重なるのだ。
セリアの後をケイトリアが追う。
「大丈夫よ、怖かったわね」
セリアは子供の手を取ると、優しく微笑んだ。
子供ということで、チェイザレとルドルフにも油断があった。
「おねえちゃん」
子供の一人が顔を上げると、もう一人もセリアを見た。
「どこかケガをしてるの?」
セリアは子供の身体を見ようとして、身を屈める。
セリアの首筋に刃物が当てられるのと、チェイザレが飛びだすのが同時だった。
子供の一人がセリアの身体に縄をかけ、もう一人が首筋にナイフを当てていた。僅かに震えているナイフが、セリアの首に傷をつけ、血が滲む。
「動くな!」
倒れている死体に交じって隠れていた盗賊達が起き上がり、子供の後ろに立つ。
「金目の物を出すんだ!」
盗賊の頭は、にやつきながらセリアと横に立つケイトリアを見る。下衆な事を考えてるのが、手に取るようにわかる。
チェイザレとルドルフは、セリアを人質に取られ、一瞬戸惑った。
ドン!
大きな音がして、セリアは横に弾き飛ばされた。
ケイトリアがセリアに体当たりでナイフを外させて、セリアは横にケイトリアはそのまま子供を押し倒しながら盗賊の一人の上に倒れ込んだ。
「お母様!」
叫ぶセリアの腕をチェイザレが引っぱって腕に抱き寄せて後ろに隠し、盗賊達と交戦を始めた。
ルドルフは剣を片手にケイトリアに駆け寄り、盗賊と子供を斬り捨てる。
ルドルフがケイトリアを抱き上げるが、腹に傷を負っていて意識がなく、ドレスが赤く染まっている。
馬車に運ばれたケイトリアにセリアが縋りついた。
「セリア、傷口を布で押さえておくんだ」
盗賊を全員斬って戻って来たチェイザレが馬車に乗って来た。
セリアは自分のドレスの飾り布を引きちぎって重ねて、ケイトリアの傷を押さえる。
ごめんなさい、私が迂闊でした。
子供だからと注意を怠りました。
あの子たちは盗賊の手引きだったのね。あそこで襲われて倒れていた人達は、あの子達に引きずり込まれたのかもしれない。セリアは己の危機感のなさに後悔しかなかった。
逃げる人達が盗賊となり、逃げる人を襲う。
国が不安定になると、人々の心に闇が広がる。身に染みてわかった。
ルドルフは馬を全速力で走らせて、医者のいる町に向かい、チェイザレは荷物の中から使えそうな薬を探す。
「これを」
セリアは兄から渡された金貨の入った袋を取り出す。
袋の中には、金貨とさらに小さな袋が入っていた。そこには小さな魔核があった。
セリアがケイトリアに魔核を飲ますと、弱い呼吸が落ち着いてくる。規則正しい呼吸になり、顔色も良くなってくる。
チェイザレはセリアの首に布を当てた。
「ここも傷ついている」
ナイフが当たり、薄っすらと切れたところだ。
「子供を守る、いい母親をもったな」
「はい」
傷が痛かった。
「俺達も、油断した、悪かった。怖かったろう?」
「違う!チェイザレ達は悪くない、私が飛び出したからなの」
「彼らも、普通の民だったろうに。街を逃げ出しても、行く宛もなく、仕事もなくなってしまった成れの果て、か」
チェイザレの言葉は、セリアの考えを読んだように共感する。
「私も、同じ事、思ってた。これも国の姿なんだって」
チェイザレは返事の代わりに、顔を背けて窓の外を見た。
これも、国の姿、か・・・。




