セリアとチェイザレの距離
父の遺骨を取りに行きたいが、晒されていた遺体を荼毘にできた事だけでも満足するしかない、とセリアは納得をしている。
一通り泣いて顔をあげると、チェイザレと視線が合う。
思わず俯いて、礼を言う。
「ありがとうございました。
父の無念を晴らすことはできませんでしたが、貶めて晒されていることは回避できました」
「よくやったな、侯爵の姿を目に留めれたか?」
セリアが小さく頷くのを確認して、チェイザレは続ける。
「我々なら遺体を取り戻すことしか考えられなかったろう。火を点けて燃やすという発想はなかったな。
バラバラの骨になってしまえば、見せしめに晒すこともできなくなるだろう。
だが、骨はいいのか?」
セリアは哀しそうに微笑んだ。その笑みにチェイザレの胸が痛くなる。
「私自身には、何の力もないというのを思い知りました。父の遺骨を奪うには、あまりに力が足りません。
私は兄のウィークポイントです、ここで捕まるわけにはいかないのです」
兄のウィークポイントと言い切るほど兄妹の仲がいいのだろう、とチェイザレは思う。実際、セリアとケイトリアがお互いを思い合う姿を見ているので、間違いないだろう。
「残してきた夫人が心配だ。帰ろう」
チェイザレに、ハイ、と返事してセリアが歩き出すが、その腕をチェイザレが掴む。
「どこ行くんだ、そっちは方向が違うだろう」
セリアと手を繫いで、チェイザレは人込みを掻き分ける。数日だが、一緒に行動をしていて、チェイザレは気がついたことが間違いではないと確信した。
セリアは方向音痴だ。
放っておけば、心配でたまらない。
館に戻ると、すでにルドルフが戻っていて、チェイザレとセリアが手を繫いでいるのを面白そうに見た。
「なんだ?」
チェイザレが横目でルドルフを見ながら、セリアをソファーに座らせる。
「いえ、何でもありません。お湯を沸かしてますからお茶を淹れましょう。夫人はよく寝ていらっしゃいます」
ルドルフは相変わらず面白そうにしている。
「あの、ルドルフさん、ありがとうございました」
チェイザレは呼び捨てだが、ルドルフはさん付けのセリアである。
「父親がああなってたら、なんとかしたいと思うのは当然だろ。できる事を手伝っただけだ」
片手を上げて、ルドルフは部屋から出て行く、お茶の準備にいったようだ。
その手伝うが、危険で、弓の技術がいることだった。誰でもできる事ではない、とセリアは分かっている。
「チェイザレにも、ルドルフさんにも、言葉に出来ないぐらい感謝してる」
「そのうちに返してもらうさ。
それより、兄君の軍に合流するのか?」
チェイザレが、ユージェニーが進軍している辺りを教えてくれる。
セリアは首を横に振る。
「私が合流しても、足手まといなだけだわ。
それより、お母様とイグニデル王家の手が届かない所に逃げる方がいい」
チェイザレにだって、セリアが虚勢を張っているのがわかる。
兄に会いたいだろう。
それと同時に、自分の立場を理解しているのだ。
25歳のチェイザレにとってセリアは子供のようだと思っていたが、そうではないと知る。
「夫人が動けるようなら、明日の朝、馬車を手配しよう。だが、王都から人々が逃げ出している今、期待するような馬車はないと思ってくれ」
チェイザレが言い終わる前に、セリアが抱きついてきた。
「ありがとう、チェイザレ」
「うわぁ、何するんだ」
チェイザレがセリアを剥がそうとするも、セリアは胸を押し付けてくる。
「だって、私、お礼を何も出来ないから」
「自分を安売りするんじゃない!
父親の事で辛いのなら、子守歌だって歌ってやる」
「ばか! 私は子供じゃない。チェイザレだからよ!」
言ってからセリアは真っ赤になって、部屋から飛び出した。
「あれ、セリアは?」
ルドルフがお茶の用意をして部屋に戻って来た時、セリアの姿はなくチェイザレ一人だった。
そのチェイザレは、耳まで赤くして頭を抱えて座っていた。
「たしかに、子供じゃなかったよ」
「なぁ、ルドルフ。俺って父親譲りのいかつい顔で、子供の頃から女の子に敬遠されてたよな?」
チェイザレがゴニョゴニョ言うから、ルドルフも面白くって仕方ない。
「まぁな。だが、身分目当ての女にモテてたじゃないか」
ルドルフはお茶のポットをワゴンに置いたままにして、戸棚からワインを取り出した。
「セリアがいないのなら、酒にしようか?」
「そうだな」
はぁ、と溜息をついてチェイザレは顔を上げた。




