父との決別
グロテスクな表現があります。お気をつけてお読みください。
ケイトリアは夜になって目を覚ました。
側についているセリアを見て、ケイトリアは泣き出した。
「私は足手まといよ。セリアだけなら逃げれるわ」
ケイトリアは辺境侯爵の死を知らないが、セリアの様子で異常を感じたらしい。
「ね、お願いよ。私を置いて逃げて。チェイザレとルドルフに私がお願いするわ」
「お母様、私はお兄様に頼まれました。逃げるのは一緒にです」
セリアはケイトリアの手に手を添える。
「お兄様が蜂起されて王都に向かってます。王都では人々が逃げ出し始めて、そこに紛れて王都を出る予定です。
だから、それまで身体を回復させてください。
絶対に置いていきません」
国境を越えられず、警備の弱い王都に戻ってきたが、いつまでもいられない。
もし見つかれば、ユージェニーに対する人質となってしまう。
私がしっかりせねば、母は覚悟を決めているだけに私を逃がすために何でもするだろう、とセリアは思う。
「お母様、少しでも食べてください」
そういうセリアも食事ができていない。父の死を聞いて、食欲がないのだ。だが、母を食べさす為に、セリアも食事をする。
「私も一緒に食べますから、ね」
セリアはケイトリアの背にクッションをあて、ベッドに起き上がらせる。
サイドテーブルを引寄せて、二人で食事を始めた。
もう冷えてしまったが、ルドルフが街の飯屋で買って来た煮込み料理である。
「美味しい」
ポツリと呟いた。
無理にでも食べ始めると、身体は食物を求めていたとわかる。食べないと体力がもどらない。
それはケイトリアだけでなく、セリアもだ。
父を取り戻そう。
死して身体を晒させるなんて、許しておけるものか。
食事を終えると、セリアはケイトリアが寝るのを確認して部屋を出た。向かうはチェイザレ達のいるサロンだ。
この館は、一ヵ月借りていると言ってた。通いの掃除人がいるそうだが、それ以外の使用人はいない。商人街にある大きな館だ。安い金額ではないだろう。
チェイザレ達の言葉使いで平民と思っていたが、富裕層であるのは違いない。
もしかして、他国の貴族かもしれない、とセリアは考えていた。
コンコン、とノックをすれば部屋の中から返事があった。
「少しいいかしら?」
扉を開けてセリアが入れば、ルドルフがセリアのティーカップを用意する。
セリアはカップを受け取るが、テーブルに置くと二人見つめた。
「お願いがあるの。父の所に連れて行って欲しい」
「無理だ、それがどれほど危険なのかわかっているのか!?」
チェイザレはセリアの気持ちがわかるが、王宮前の広場には兵士が警備している。
それに、亡くなって日が経つのであろう。とても女子供が見れるような状態ではない。板に張り付けられているが、腐乱し、カラスがつついている。
「火をつけるわ。父の遺体を弔うの」
セリアの強い意志が瞳に現れている。
チェイザレとルドルフは顔を見合わせて、頷いた。
セリアがケイトリアについている間、二人は情報を集めていた。
レプセント辺境侯爵邸も見に行って、セリアの話の裏付けを取っていた。
そして王太子の言動も簡単に探ることができたのだ。それほど、最近の王太子は異様だった。
レプセント騎士団の蜂起で、王都では騒乱になっており、物資を買い占める者、逃げ出す者、王家への不信が漏れ出て、情報が集めやすかった。
「私が離れた場所から火矢を射ちましょう」
ルドルフが言えば、チェイザレがセリアの手を取った。
「連れて行ってやる。だから、絶対にこの手を離すなよ」
レプセント辺境侯爵の関係者が来るのを狙って、遺体が晒されているのだ。多くの騎士が配置されているのは間違いない。
髪を縛り、布を頭に巻いて完全に髪を隠す。男物の服に着替え、顔を汚して古びた鞄を肩にかける。鞄に目がいくように、砂漠の民族の模様が大きく刺繍された鞄である。
街から逃げ出す者が多く、大きな荷物を抱え歩く者、荷馬車を走らす者で王都の道は人で溢れていた。
それに溶け込んでチェイザレとセリアが歩く。
その中で王宮前の広場だけは、人が少なかった。
兵士が監視の目を向けているのが分かる。騎士はどこかで待機しているのだろう。
近づくにつれ、腐臭が漂ってきて異様な姿が目に入る。
カラスにつつかれた顔は目玉が抜け落ち、内臓に穴が開いている。
これが王家の仕打ち。
「ぅ・・」
声を抑えて、セリアは片手で口元を押さえる。
この姿を忘れはしない。別れを告げられない母と、兄の分も私が見届けるんだ。
兵士の後ろから騎士が飛び出してくる。
見つかった!
チェイザレがセリアの手を引っ張って、走り出した。
それとすれ違うように、屋根の上から火矢が放たれ、辺境侯爵を縛ってある板に刺さり火が一瞬でまわる。
業火は辺境侯爵の遺体を包むだけでなく、周辺に広がる。
アドルフは火矢を射った後、油を含ませた矢を何本も射ったのだ。
「矢を射った犯人を捕まえろ!」
「火を消せ!」
兵士が叫ぶが、火を見て人々は逃げまどい、狂乱となった王都で声はかき消される。
セリアはチェイザレに手を引かれて走った。
後ろでは火の粉が飛んでいた。
その火は辺境侯爵の荼毘となり、火が消される頃には骨となっているだろう。
人込みを掻き分け、逃げ切ったと確信した時、セリアはチェイザレにしがみ付き、声をあげて泣いた。
チェイザレは何も言わず、セリアの頭をなでていた。




