検問所からの連絡
国境の街から届いた速報に、王太子エルモンドは拳を握りしめた。
『北の国境検問で、女二人と男二人が検問から逃げ出した。うち女一人はとても美しいらしい』
女一人だけが美しいとあるのは、セリアには屈辱だろうが、注目がケイトリアにいっていた為にセリアの顔を見られていないのだ。
だが、それはイグデニエル王国軍にとってはモードリンであると考えられた。男二人と女一人が協力者であると。王宮から逃げた時のモードリンは男二人と一緒だった。もう一人女がいたと考えるのは自然なことだった。
「ガイザーンに向かう東の国境かと思ったが、北か、やはり迂回してガイザーンに向かうという事だろう。念のために、レプセント辺境侯爵家と縁のある国が北にあるか調べろ」
エルモンドは控えている事務官達に指示を出す。王は側にいるが、エルモンドを否定することはしない。
エルモンドは王の様子を気にすることもなく、次々と指示をしていく。
「なんだ、これは。あの女のいう事は聞く必要がない」
書類を手に取って、エルモンドは書類を持ってきた事務官に返す。
メイリーンは王宮の一室で幽閉になっている。
だが、王太子が正妃にすると公言した令嬢である。見張りの騎士達も手荒に扱う訳にいかず、希望を言われれば拒否することも出来ない。
王太子があれほど寵愛したメイリーンであるが、今はあの女としか呼ばない。
王太子は服毒の治療として、解毒剤と魔核の服用で目が覚めた時は、身体の異常は全て完治していた。
そして思い出したのだ。毒を飲む前の自分の行動を。
レプセント辺境侯爵令嬢を側妃などありえない。どれほど異常な行動をしたか、自分でも理解に苦しむぐらいだった。
メイリーンを正妃にするのは正妃の予算を与える為であり、正妃の公務は側妃のモードリンにさせるつもりだった。
モードリンは自分には逆らわないと思っていたが、拒否にあって、王太子暗殺未遂の罪でモードリンが抵抗できないように毒を飲んだのだ。
それも、メイリーンが願ったからという理由でだ。
魔核は解毒だけでなく、身体の異常状態をも治療したのだ。
何故メイリーンを以前ほど可愛く思えないか、と考えた時に気がついたのだ。麻薬のような薬を盛られていたのが、魔核で正常になったと。
メイリーンに気を許し、薬を盛られるような関係になったのは自分の過失であった。だが、モードリンを蔑ろにするつもりなどなかった。
薬を盛られメイリーンに操られれるような状態であっても、モードリンを牢ではなく西の塔に閉じ込めたのは、エルモンドのモードリンに対する愛情が失くなってはいなかったからだ。
あの頃の自分のモードリンに対する態度を考えればモードリンが逃げ出すのも、エルモンドは理解できる。
だが、あれはメイリーンの策略に落ちてしまったせいで、本心ではなかった。
傷つけたモードリンの心を、取り戻すのだ。
「国境警備隊に伝えろ。令嬢を傷つけることは許さない。丁寧に誠意をもって説得するように。
彼女の協力者を、彼女の目の前で殺すことのないように」
協力者はレプセント辺境侯爵家の者だろう、とエルモンドは思っている。
「陛下を部屋にお連れしろ」
壁際に控えている武官に指示をして、エルモンドは椅子に座った。
父親もメイリーンに薬を盛られていたようだ。
魔核を服用させればいいのだが、正常になってエルモンドの邪魔をされても困る。
王太子に毒が盛られ、その犯人としてモードリン・レプセントが拘束され、レプセント辺境侯爵家は謀反の容疑だと公布されたのだ。
そして、レプセント辺境侯爵は娘を助けようと、牢を脱走して騎士達に斬り殺されたのだ。
今更、あれは間違いだったでは済まされない。
このまま押し通すしかないのだ。
モードリンを密かに取り戻して、今度こそ西の塔で大切に扱うのだ。
エルモンドは、北の検問所で逃げた美しい女性がモードリンだと確信して、兵の増員と捕縛した後の処理の指示を出すのだった。




