初めての野営
2頭の馬に分乗した、セリアとチェイザレ、ケイトリアとアドルフが夕闇の中を駆ける。
ガイザーン帝国とは反対方向のシェルステン王国に向かっているせいか、警備が手煤だった。それでも、今日は出来るだけ遠くに行くために、夜遠し駆けるとチェイザレは言った。
馬には野営の道具も積んでいる。
もちろん、セリアとケイトリアは初めての経験だ。
街道から離れ、少し森の中に入ってチェイザレ達は馬を止めた。
セリアとケイトリアが馬から降りるのを手伝って、チェイザレとアドルフは馬を木に繋ぐ。
二人を信じると決めたものの、夜中に森の中に連れてこられると、不安でたまらない。
セリアは両手を組んで、周りを見回す。森の静寂と、星明りで照らされた木々が不気味である。ケイトリアと
アドルフは森の奥に入って行き、チェイザレは石を積み、拾ってきた枯れ枝に火をつける。
パチパチ、と火が跳ねる音がして、明るさと温かさが辺りを包む。
「こっちで、火にあたるといい」
チェイザレが、セリアとケイトリアに手招きをする。
火の側に座って、セリアは二人を疑ったことに罪悪感を覚えた。自分達は何もしていないのに、こうやって一番いい場所に座らせてくれる。
「あの、ごめんなさい。何もお手伝いができなくって」
「ああ、あんた達、みるからに何もできなさそうだもんな」
チェイザレは小さな鍋を取り出すと、水を入れ火にかける。沸騰した鍋に茶葉を入れ、二人にコップを渡すと茶を注いだ。
「今日は疲れたろう、それでも飲んで待っててくれ」
けっして屋敷で飲むような高級な茶葉ではない。けれど、セリアは過去最高に美味しいお茶だと思った。
隣を見ると、ケイトリアが大人しくお茶を飲んでいる。疲れは隠しようもない。
チェイザレが毛布を出してくれたので、セリアにもたれて寝ているケイトリアに毛布を掛ける。
「私、覚えて役にたてるようになるから」
セリアは寝ているケイトリアを見る。怒涛の一日だった。お茶と刺繍と読書が生活だった母親が、泣き言も言わず、頑張ったと思う。
「まぁそのうちな」
ははは、と嗤いながらチェイザレが火の番をしていると、アドルフが獲物を持って戻って来た。
ウサギを狩ってきたらしい。
セリアの目の前で、チェイザレとルドルフがウサギの毛皮を剥ぎ、捌いていく。
肉に塩を振り、串に刺すと火で炙る。
初めて見る野生生物の処理に、セリアは目をそむけたくなるが、歯を食いしばって見ていた。
肉が焼け、油が串を伝うと美味しそうな臭いが充満する。
チェイザレがセリアに串を渡すと、セリアはまずケイトリアを起こした。お腹は空いているはずなのだ。
「お母様、食べれますか?」
セリアはケイトリアに串を渡すと、チェイザレ達の真似をして串にかぶりつく。
ケイトリアは躊躇していたが、おそるおそる串に歯を立てる。一口食べて、泣き出した。
安心したら、涙がでてきたようだ。
「美味しいわね、ありがとう。チェイザレ、アドルフ」
ケイトリアは二人に礼を言って涙を拭っていたが、セリアはケイトリアが呟くのが聞こえていた。
ケイトリアは、ユージェニー、モードリンと名前を呼んだのだ。我が子が心配で仕方ないのだろう。
そして、ケイトリアはセリアの手を握りしめた。
兄は領地に向かったが、どうなっているのだろう。
姉と父は王宮で拘束されたと聞いた。生きているのかもわからない。
ここに母がいることが、こんなにも心強いなんて。
セリアは、チェイザレとアドルフに事情を話してもいいかもしれない、と思い始めていた。
チェイザレと目が合うと、少しこそばゆい。
「食べたら寝たらいいよ。俺達が火の番をしているから」
そう言うチェイザレとルドルフの毛布を奪っているのは、分かっているが、今はその優しさに甘えようと思った。
瞼が重くて、開けていられない。火の温かさが心と身体からも緊張をほぐしていく。




