セリアの運
「おまえなぁ、顔が恐いんだよ。恐がってるじゃないか」
後ろにいた男が、後ろから男の方を小突いている。
「ここらは下町で、治安がよくない。早く立ち去った方がいい」
「えー、ひでえな、顔は仕方ないだろう。
あんた達、ここの住人じゃなさそうだから、表通りまで送ってやるよ。
それとも、本当に逃げてるの?」
ほら、あっちだ、と男が指さす方向からはざわめきが聞こえるから、大通りなのだろう。
セリアはケイトリアを見る。
ケイトリアは疲れているのに、負担にならないよう無理をしているのがわかる。ここまで走ってきたようなものだから。
この男達に出会った自分の運を、信じてみるのもいいかもしれない。
この男達は悪い人間かもしれない、いい人達かもしれない。
セリアは顔を上げて、男達を見た。
「逃げてきたの」
握りしめた手は震えている。
男達はゴクンと唾を飲み込むと、セリアとケイトリアを見た。
「どうして、俺達に言うんだ?」
「これが私の運かと思うから」
セリアの手は震えているのに、ケイトリアを守るように胸を張る。
ケイトリアは被っていたマントのフードを降ろして、顔を露わにする。ケイトリアは自分の美貌を知っているし、使い方も知っている。
「貴方達がどんな人だかは知らない。どうか、この子だけは、逃がして」
そう言うケイトリアは、手も声も震えている。
セリアとケイトリアがお互いに庇い合う様子を見て、男達は肩をすくめて息を吐いた。
「怖がるなってのが無理だろうが、きっとあんた達は運がいいと思うぜ。
俺はチェイザレ、こっちはルドルフだ」
男が家名を言わないのは、家名がない平民か、家名を言えない事情があるからか。冒険者のような服装だが、生地の質がいいのがわかる。
セリアは手の震えが治まると、男達を観察する。
自分達を騙そうとしているのかもしれないが、悪い人ならばもっと早く攫われていると思う。
自分の運を信じて、この男達に賭けよう。
「私はセリア。兵隊に追われているの」
「やっぱりかー」
ルドルフと紹介された男が、チェイザレの肩を掴む。
「美人って、棘だらけだよなぁ。でも、ここで兵隊に差し出すのも後味が悪いからなぁ」
「俺達、シェルステンに行くんだけど、一緒に来るか?」
「おい! チェイザレ、ダメだろう。兵に追われるような女だぞ。しかも、あれは兵という規模じゃない、軍だ」
ルドルフがチェイザレを止めようとするが、チェイザレは意に止めないようだ。
「どうする?」
ガイザーン帝国に行くつもりだが、まずはこの場を逃げ切るのが最優先だ。セリアとケイトリア二人で逃げるより、彼らの協力があった方が優位なのは確実だ。彼らが悪い人間でなかったら、という前提だが。
「シェルステン王国ね? 行くわ」
セリアは覚悟を決めた。
「お母様、私達が生き延びることが重要です」
ガイザーン帝国に行きたいだろう母親の手を握るセリア。
「分かってます」
ケイトリアが微笑めばセリアは安堵するが、驚いたのは男達だ。
「そっちの、めちゃくちゃ綺麗なのは姉じゃなく、母親だって!?」
はぁ、と溜息をついてルドルフはこっちだ、とセリアとケイトリアに物陰に隠れるように指示をする。
「俺が馬を取ってくるから、チェイザレと待っててくれ」
ガックシといった感じで歩いて行くルドルフの姿がおかしくって、セリアもケイトリアも笑いがでてくる。
逃げて、緊張してたのに、肩の力が抜けたみたいだ。
兵士達の捜査は王都の外から国境に向けて、大々的に行われているようだ。
まだ、王都にいるとは思っていないのか、貴族街を離れると兵士の姿は見えない。
セリアが空を見上げると、街は夕暮れに染まっている。
これから、この国を逃げ出すのだ。




