皇妃という存在
モードリンは、図書室にいた。
皇家の系譜、議事録など、機密でないものは全て読むつもりでいた。
この国の貴族ならば当然知っていることを、モードリンは知らないのだ。イグデニエル王国の歴史や文化に精通していても、ここでは必要ない。
一から始めるしかないのだ。
皇妃がモードリンを排除しようとしているなら、皇妃の情報が必要だ。
現皇妃の記述で、身につまされるものがあった。
皇帝とは幼少のころからの婚約者で結婚に至っている。結婚前からガイザーン帝国に頻繁に訪れ、当時皇太子だった婚約者の補助をしていた。
結婚後は積極的に政務に関わったが、皇太子が皇帝に即位すると皇妃の政務を制限するようになった。
子供が生まれたが、ガイザーン皇家の教育を施すために、皇妃から離した。
これは、イグデニエル王国にいた時の私。
記述には載っていないが、皇帝がモードリンの母ケイトリア・メルデルエ公爵令嬢に執心だったのは有名な話しである。
ケイトリアは政略結婚で他国に嫁ぎ、皇帝は婚約者と結婚した。
もし、エルモンドがメイリーン・マークス男爵令嬢を諦め、私と結婚していたら同じような状態になっていたかもしれないとモードリンは思う。
皇妃は他国の王女、モードリンは自国の有力貴族の娘という違いはあるが、政務で自分の存在価値を示そうとしたのは同じだ。
モードリンの母ケイトリアは政務ができるタイプではない。皇族などには向かない。だからメルデルエ公爵家はイグデニエル王家ではなく、レプセント辺境侯爵家に嫁がせたのだ。
決して皇妃のライバルにならないのに、皇妃にとっては憎い女なのだろう。
一時的であっても、夫の心を奪った女。
夫がケイトリアを思っているから、自分が政務に係わるのを制限したと思っているかもしれない。
制限されたのは理由があるだろうに、それをケイトリアのせいにしたいのなら、愚かだというしかない。
ふー、と息を吐いて、モードリンは書物を閉じた。
戦争中に派手な夜会をするのも、人心の怒りをかうものだ。
たとえ何か理由があったとしても、兵士や騎士が戦場で命がけで戦っている時に許されるものではない。
「モードリン様、そろそろお時間です」
物思いにふけっているモードリンに声がかかる。侍女がモードリンを心配して迎えに来たのだ。
護衛が守っているが、モードリンの周囲は緊張を解かない。
「ありがとう、また明日にするわ。部屋に戻ります」
モードリンが立ち上がれば、モードリンと侍女を守って護衛が前後につく。
部屋に戻ると、メルデルエ公爵家からプレゼントが届いていた。
侍女達が包みを開くと、そこにあったのはオルゴール。ネジを巻くとガイザーン帝国の人気の作曲家の曲がかかる。
テーブルに置くと甘い匂いが漂う。
「窓を開けて!」
モードリンが叫び、侍女達が窓を開ける。モードリンの声を聞いて、扉の外で護衛している騎士達が部屋に飛び込んで来た。
オルゴールに布を被せて、何かが飛散するのを止める。他の騎士がモードリンを抱きかかえて、部屋の外に連れ出した。
騒ぎを聞きつけた騎士達が集まってきて、モードリンと侍女を別の部屋に連れて行き、医師に診察を受けさせたが異常はなかった。
オルゴールには幻覚剤が入った袋が仕掛けられていて、オルゴールが動くと袋が破れるようになっていた。
その幻覚剤は魔核で効果が強化されていた。
もちろんメルデルエ公爵家から贈った物ではなかったが、魔核を手に入れられる人物ということで人物の特定は難しくなかった。
コーデル・ガイザーン皇帝は、またもやモードリンが狙われたことに苛立ちを隠さなかった。
金属片と違い、オルゴールは急遽用意したものらしく、すぐに犯人に結び付いた。
メルデルエ公爵家からだとオルゴールの入った箱を届けたのは、皇妃付きの侍女だったからだ。
拷問をかけるまでもなく、侍女は掴まった恐怖で皇妃を裏切り、皇妃の名を出した。
それが真実であろうがなかろうが、皇帝の待っていた答えだった。
「皇妃の権力を剥奪し、地下牢に閉じ込めろ。皇妃の協力者も捕縛するのだ」
モードリンは、それが皇妃の仕業か、皇妃を貶めようとする誰かの仕業かは判断できなかったが、皇帝の思い通りになったことだけは理解できた。
皇帝からの信頼がなくなった皇妃の末路であった。




